Hide and seek−1
1部途中設定
存在意義に迷う主とロビン
消えたい、と思うときがある。
それは決して死にたいというほど強い感情ではなく、希死念慮とは根本的に異なるものだと唯斗は思っている。何事にも能動的になれない唯斗がそんなアクティブな感情を抱くはずもない。
ただ、このまま体が溶けて霧散してしまえればいいのに、というような程度のものだ。
夜寝るとき、シャワーを浴びているとき、やるべきことが終わり時間を持て余しているとき、そんな何気ないときに何となく思うようなことである。
それが日々の業務に支障をきたすことはない。
人理が焼却され、世界に残された人の営みはこのカルデアのみ。南極の高地ごとカルデアスの磁場で本来の時空から切り離された亜空間のようなここには、逃げ場も行き場もなく、否応なしにこの施設に留まるほかない。
消えたいからといってどこかに隠れられるわけではなく、マスター礼装の有無に関係なく唯斗の生体情報を正確に捕捉する観測機器によって常に居場所は把握されている。
そんな状況では、目の前の仕事に集中するほかなく、漠然とした「消えたい」という感情など、ふとしたときにしか思い出さなかった。
「唯斗、考え事?」
「…別に」
食堂にて、昼食のために誰もいないテーブルでサンドイッチを食べていると、大盛りのカレーをトレーに乗せた少女が通りがかりに声をかけてきた。
藤丸立香、正規マスターであり、グランドオーダーの中心人物だ。デミサーヴァントであるマシュを含め、何騎もの英霊を従えている。
サーヴァントたちで賑わう食堂で、いつも一人でいる唯斗に声をかけるのは藤丸やマシュくらいであり、人ともサーヴァントとも関わりを持とうとしない唯斗に声をかけるサーヴァントは、恐らく1騎しかいないだろう。
「ロビンは?さっきまで一緒じゃなかった?」
「メディカルチェックあるから医務室で解散した。レイシフト以外ではめったに一緒にいないしな」
「もっと仲良くすればいいのに」
「あいつも程よい距離感望んでるっぽいから、ちょうどいいと思うけどな」
特異点探索のため何騎ものサーヴァントと契約する藤丸と違い、唯斗は1騎のみ契約している。単独行動や秘密工作、諜報、斥候などに長けたアーチャークラスの英霊、ロビンフッドだ。
普段は二枚目なナンパ好きだが、やるときはきっちり仕事をこなす。コミュニケーション能力は唯斗とは比べ物にならず、むしろ藤丸たちの方が仲は良い。
タバコにはまって喫煙室にいるという情報すら、唯斗は藤丸から知ったほどだ。
藤丸は「そっか」とだけ返すと、「じゃ、またあとで打ち合わせでね」と言って仲の良いサーヴァントの方へ歩いて行った。こういう引き際のうまさは、藤丸がサーヴァントたちに好かれる要因だろう。
ただ、藤丸も最近は少し気落ち気味だ。第五特異点の探索を終えたところでマシュが倒れ、今は回復しているものの、まだ医務室にいることもあって気が気でない様子だ。
こういうとき、唯斗はどういう言葉が適切か分からない。結局黙ってしまい、いつも通りの会話を続けることしかできなかった。
食べきれそうにないサンドイッチを見て、ため息をつく。また、消えてしまいたいという感情が沸き上がる。自分でもどういうタイミングでこのような気持ちになってしまうのか、よく分からなかった。
強いて言えば、第四特異点以降、この感情が現れるようになったと思う。霧によってろくに動くことができなかった唯斗に代わり、見事に特異点探査を完遂した藤丸を見て、やはり自分はいてもいなくても変わらない存在に過ぎないのだと自覚した。いや、気づいていたが、それを見せつけられた。
不要な存在であるから消えたいと思うのは自然なことだと思う。そういう気持ちのときにこの感情が出てくるのは分かる。しかし、今のように脈絡なくこの感情が出てくるのはよく理屈が分からなかった。