Hide and seek−2


しばらくして、消えたいという感情は頻度が増えるだけでなく、より強いものになりつつあった。
一度沸き上がるとなかなか引っ込んでくれなくて、仕方なく、唯斗は疑似的にでもその感情を満たす方向で対応することにしている。
単に廊下を歩くだけだが、あまり人が来ない地上階の廊下だ。このあたりには主要な機能がなく、無人の廊下は空調も弱めで少し肌寒い。だが、大窓が廊下にあることもあって、外の景色を見られるのが良かった。
ここで窓辺に腰掛けて、猛吹雪の外を見つめることで、自分が雪の中に消えていけるような感覚になれる。


「こんなところで何してんです?」

「っ、ロビンか」


すると、突然背後から声をかけられた。驚いて振り返れば、壁にもたれていたロビンがニヤリと笑う。


「いやぁ、ずいぶん絵になりますねぇ。綺麗な顔して雪景色見てる分には、あれだ、深窓の令嬢みたいな?」

「誰が令嬢だ。つかお前こそ、こんなところで何してんだ」

「ちょいと外が見たくなりまして。俺ぁもともと森暮らしですからね、屋内にずっと籠るってのは、こう、調子狂うっつーか」

「なるほどな。じゃ、目的は同じだ。俺も外が見たくなっただけだから」

「そうですかい」


ロビンの場合、本当にそれだけの理由かは分からない。飄々とした性格の男ではあるが、非常にきめ細やかな気の遣い方をするし、よく唯斗のことに気づいてくれる。レイシフト中などは、それなりに世話を焼かれているのは事実だ。
だが今は、そうした優しさすらも煩わしい。一人になりたいという次元ではないのだ。雪景色と混じって自己意識が希薄になろうとすらしていたところにロビンが声をかけてきて、急に「自分」が再構成されていくかのようだった。まるでレイシフトによって霊子から実体に戻るときのようだ。


「…長居しすぎた。風邪ひく前に部屋戻る」

「送っていきやしょうか?」

「必要ない。別にレイシフト中でもないのに俺に気を回すことないからな」

「マスターのご命令とあらば」


茶化して言ったロビンに、唯斗はため息をついて廊下を歩きだす。あれは言うことを聞かないときの反応だ。
酔狂なものだ、と唯斗は思う。こんなつまらない人間もどきに構うなど、時間の無駄だろうに。見た目のわりにサーヴァントとしての責務を果たす性質だ、これも仕事だと思っているのかもしれない。



その日はおとなしく部屋に戻った唯斗だったが、それ以来、ロビンと出くわすタイミングが増えた。
最初はたまたまだと思っていたが、廊下やラウンジだけでなく自室にも訪れるようになっていて、決まって唯斗が消えたいという感情に対処するために一人でいるときだった。
おかげで不完全燃焼もいいところで、そろそろ最終手段として屋外に出ることすら選択肢になりつつある。

しかし同時に、少しずつ不安も芽生えていた。もしかしたらロビンは、唯斗の感情に気づいているのではないか。よく人を観察しているロビンだ、人間として成熟していない唯斗の感情を読み取るのは造作もないことなのかもしれない。サーヴァントとして、マスターの生存を維持するために動いている可能性もあるのではないか。
こんなバカげた感情、他人に見せるわけにはいかない。唯斗は念のため確認が必要だろうということで、カルデアの中を少し歩きまわり、ようやく廊下の途中で目当ての人物を見つけた。


「アーラシュ」

「ん、もう一人のマスターか。どうした?」


こちらを振り返り朗らかに笑ったのは藤丸のサーヴァントの一人、アーラシュだ。ペルシアの大英雄にして、10キロ先まで正確に捉えるその瞳は千里眼なのだという。それは人の心すらも見通せる、まさに神代の英雄らしい力だった。


「あのさ、絶対ないって分かってるんだけど…アーチャーって全員、人の心を透視できるとかじゃないよな」

「はは、何を言うかと思えば!俺の目がちょいと特殊なだけだ。もちろん、アーチャークラスなら皆目はいいだろうさ。だが千里眼とは違う、あくまで英霊としての身体的能力だ」

「そう、だよな」


サーヴァントの能力として拡張されているのではないかと思ったが、さすがにそうではないらしい。当然のことを聞いてしまった。
それでは、単に表情などから唯斗の感情の機微を読み取っているのか、それとも別に唯斗の感情に気づいているわけではないのか。依然としてそこは分からないままだ。


「…森の狩人と何かあったか?」


するとアーラシュは唯斗の様子を見てそんなことを聞いてきた。唯斗が契約しているのはロビンだけで、ロビンはアーチャーであるため、十中八九、ロビンのことだとあたりをつけているのだろう。


「いや、そういうんじゃない。ただ、あいつがあまりにも絶妙なタイミングで俺のところに来るもんだから、あいつ、単に目がいいだけとかじゃねぇのかなって…」

「あー…まぁ、確かに目がいいだけ、じゃあないかもしれんが…」


唯斗がいろいろと端折った説明をすると、アーラシュは言葉を濁す。どういう意図で含みのあることを言っているのか分からなかったが、アーラシュは誤魔化すように唯斗の頭を撫でた。


「そう気にしなさんな。悪いようにはならねェさ。あんま溜め込んでないで、ひと思いに頼っちまった方がいいぞ」

「溜め込むって…」


ちらりとアーラシュを見上げると、アーラシュは優しくこちらを見下ろしていた。そのまっすぐな瞳が急に怖くなり、唯斗は一歩引いて距離をとる。
アーラシュは特に気にした様子もなく、ひらひらと手を振って踵を返した。


「ま、肩の力抜いて気楽に行った方いいぞ。じゃあな」

「あ、あぁ、ありがとう」


アーラシュが去り、廊下に一人になる。
しかしその直後、視界の端に緑が飛び込んだ。


「ずいぶん、あの東方の大英雄と仲が良いんですねぇ」

「…ロビン、」


アーラシュがどういう意図であの言葉を言ったのか分からないが、少なくとも今は、ロビンがどこか不機嫌そうなのは分かった。この状況で「悪いようにはならない」は通らないだろう。
しかし唯斗にはロビンの機嫌が悪い理由が皆目見当もつかない。


「仲が良いっていうか…ちょっと聞きたいことがあって相談しただけ。普段は滅多に話さない」

「相談、ねぇ。それなりに俺はお前さんを手助けしてきたつもりだったが、俺はそんな頼りなく見えたってことっすかね」

「別にそういうわけじゃ…」


ロビンの言いたいことが分からず、唯斗は困惑する。ただの適材適所だろう、藤丸が状況に応じてサーヴァントを使い分けるのと同じだ。
唯斗の様子を見て、ロビンはため息をつくとフードを被る。


「…いや、悪い。今のは俺が悪かった。邪魔してすいませんね」

「ロビン…?」


ロビンはそう小さく謝ると、足早にその場を去っていった。フードを被ったのは、どこか拒絶を感じさせ、なぜか胸元がじくりと痛む。

また廊下には唯斗一人になり、沈黙が落ちる。望んでいた環境なのに、いたたまれず、唯斗もその場を後にした。



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