Empathy−9
一方で、こうして人の体温に触れていると、どうにも心が落ち着く。相手が自分のサーヴァントだからか、あるいは藤堂平助という人間だからかは分からない。だが、あやすように後頭部を撫でる手つきの優しさからは、もはや、容易に自死宝具を使おうとするような様子は感じられなかった。
「…俺がいない方が親は幸せだった。カルデアに俺はいてもいなくても同じだった。なんで俺がいるんだろって思わないと言ったら嘘になる。でも俺はここにいるから、できることをするだけ。そこに藤堂さんが一緒にいてくれるのは、心強い」
抱きしめられながらそう言うと、一瞬藤堂の手が止まる。そして、やはりあやすように背中を軽くぽんぽんと摩る。
「…僕のことを、まっすぐ見てくれてる。そう確信できるのは、お前がまっすぐな誠実さを持ってるからだ。信じられるからだ。だから、お前と契約して良かったよ。改めて言うのは、さすがにちょっと、恥ずかしいけど」
「それを言ったら俺の方がずっと恥ずかしい思いしてんだけど…」
そう言いながら、唯斗は藤堂のパーカーと首元の間の鎖骨あたりにぐりぐりと顔を押し付ける。
「…、お前、かわいいよな」
「なッ、はぁ!?」
驚きのあまり、思わず顔を上げて体を離そうとしたが、ぐっと藤堂の腕によって引き戻される。せめて正面からは、と上体の向きを変えて、横向きで藤堂の肩に凭れる形に落ち着く。
どう考えても先ほどの言葉より今しがたの言葉の方が恥ずかしいはずなのに、藤堂はけろっとしていた。経験値の違いだろうか。
いろいろと難しいことを考えていたのが急に馬鹿らしくなったが、この部屋に入ってきた距離とは比べ物にならないほど、二人の距離はゼロになっていることを改めて自覚する。
「…俺たちは似てるかもしれない。でも、傷の舐めあいじゃなくて、俺と藤堂さんでしかできないことをやろう」
「そうだな。あんたがマスターなら何でもできそうだ」
藤堂も、卑屈なことばかり言っていたところが、ここまで信を置いてくれている。そしてそれは唯斗も同じ気持ちだった。
しかし、藤堂は再びニヤリとからかう笑みを浮かべる。
「じゃあ早速、僕たちしかできないこと」
「なに?」
「名前で呼べよ、唯斗」
「っ、真面目な話してただろ…!」
名前で呼ばれた嬉しさやら照れやらで、さすがに唯斗は体を離して藤堂の腹に拳を入れたが、固い腹筋に阻まれてこちらの拳にダメージが入る。
楽し気に笑う藤堂に、唯斗はそれでも、名前で呼ばれたからには名前で呼び返そうと口を開く。
「……平助、さん」
「…、」
なんとか声を絞り出して名前で呼ぶ。すると、藤堂は少し顔を赤らめて「あぁ」と小さく返した。
「ふ、照れたな」
してやった、と唯斗は鼻を明かして満足するが、藤堂はすっと目を細める。
「さっきお前が聞いたこと、やっぱ今分からせてやる」
「へ…」
あ、これはまずい、と思ったそのとき、アナウンスが部屋に響く。ダ・ヴィンチのもので、『再レイシフトの準備ができたよ、各自管制室に集合してね』というものだった。
アナウンスが入ったこと、そしてレイシフトを行うということで、ようやく藤堂の纏う空気が通常のものに戻る。
助かった、と息をついてベッドから立ち上がり、廊下へ出ようとした、その瞬間。
ぐいっと後頭部をつかまれ引き寄せられ、唇に何かが触れる。同時に、目の前に名高い綺麗な顔が広がっていた。
藤堂が離れると、ポカンとする唯斗にニヤリとする。
「戻ったらさっきの続きするぞ。それまで、せいぜい僕のことを考えてるんだな」
先ほどまでの、卑屈で「誰も自分を見ない」などと言っていた殊勝な態度はどこへやら、完全に藤堂は勝気で、どこにでも真っ先に突っ込んでいく先手らしい様子を見せていた。
これも唯斗への信頼の現れ、というには、その目に浮かぶ感情は幾重にも重なっている。どこかアヴェンジャーらしく、瞳の奥に赤い光がちらついたような気がした。
もうきっと、目をそらすことはできない。必要だとか、見るか見ないかだとか、そういう次元の話ではない。このたった数十分の時間だけで、唯斗は、もう藤堂から離れられるような気がしなくなっていた。