知らぬが仏−5
痛いほどの沈黙が落ちると、さすがに慌ててガウェインがとりなすように口を開いた。
「その、唯斗、社長はきちんとあなたの意思を尊重するおつもりで、」
「うるせぇ」
「ッ、」
びくりとしてガウェインは黙ってしまう。本能的に、αは変異Ωに逆らうことができないという学説は実証されたわけだ。
それを見て、ギルガメッシュが表情を変えずに言葉を発した。
「それではなぜ、隷属フェロモンを使わんのだ。それを使えば、ここにいる全員、お前の言うことを聞いて服従するだろうよ」
「あんたらが攻撃フェロモンを使わないから。そこはあんたらの中で超えないラインなんだろ。それなら俺だって、お前らの意思を抑圧するつもりはない。それをしたら、俺はαと同じに『成り下がる』からな」
唯斗を支配しようと攻撃フェロモンを使ってきたαたちと同じ土俵に立つなど御免だ。ギルガメッシュたちがあくまで対話という人類の理性を用いるなら、唯斗もそれに応じるまでだ。
αの攻撃フェロモンよりも、変異Ωの隷属フェロモンの方が圧倒的に強い。だからこそ、唯斗はそれに頼るつもりはなかった。動物的なことに頼りたくなどなかった。
ギルガメッシュの代わりに唯斗の言葉に反応したのはオジマンディアスだった。
「それならば、今後どうするつもりだ?貴様の自覚通り、もはやまともに就労することはできまいよ」
「あんたらには関係のないことだ。分かったらさっさと帰れ、国に。日本にいても意味ないぞ」
正直、宛はない。恐らくろくに働くことも難しいかもしれない。だがこいつらに飼い殺される方が嫌だった。
「今まで一人で生きてきた。これからもそうってだけだ」
少し環境が厳しくなっただけで、置かれている状況は何も変わりはしない。いつだって一人だったのだから。
「まったく、野良猫か何かか」
それを聞いて、ギルガメッシュは呆れたようにため息をついた。懐かない野良猫のようだとでも言っているのか。
オジマンディアスは畳に胡坐をかいて座る唯斗の隣にしゃがみ込み、そしておもむろに唯斗の頭に手を伸ばしてきた。
強引に迫ってきたαのことを思い出し、咄嗟に肩を竦めて腕で頭を庇おうとしてしまう。それを見てオジマンディアスは手を止めて、唯斗が反射の警戒を解くのを待ってから、存外優しい手つきで唯斗の頭を撫でてきた。
「な、にしてんだ…」
「ふっ、まったく、野良猫のようだとはよく言ったものよな。まさにその通りではないか」
「は…?」
なんのつもりかと睨んでやりたいのだが、思いのほかオジマンディアスに撫でられる感覚が嫌いではなくて、拒絶しきれない。
そんな様子を見て、珍しく毒気のない顔でオジマンディアスは笑った。
「愛いヤツめ、その可愛げ、余たちが気付いていないとでも思ったか」
「なに言ってんだ…?」
怪訝に思うと、隣にアーサーも腰を下ろした。ふわりと香る匂いは「清廉」という言葉を形にしたようだった。
思わずそちらを見ると、アーサーは申し訳なさそうにした。
「すまない、僕としたことが、きちんと気持ちを伝えていなかったね。自分のことばかりで…情けない」
「…気持ちって、俺が変異Ωであることと、これまでの経歴くらいしか知らないだろ」
「いや。君とコミュニケーションをとる中で、君の変異Ωとしてではなく、君自身の魅力も感じていた。もちろん、フェロモンによってそれが助長されてはいただろう。けれど、そうだね、先ほど隷属フェロモンを使わない理由を述べてくれたけど、ああいう君の凛とした考え方が、とても好ましく思ったんだ」
今まで、3人とも変異Ωという唯斗の第二性差にしか関心がないと思っていた。だから、巣作りのような不動産購入だって、ただ唯斗を閉じ込めるためだけだと。
「ようやく気付いたか」と呆れたようにしたギルガメッシュは、ちゃぶ台越しに唯斗の頭をガシガシと撫でつつオジマンディアスの手をどかした。
「いくら変異Ωといえど、いつまでもたった一人に固執するわけないであろう。その点、思いあがって良いぞ」
「いや…いやいや、いくらフェロモンの影響があるっつったって、どこに俺にそんな気持ち向ける要素あった?!」
つい後ずさって3人から離れると、誰かの足にぶつかった。見上げると、ガウェインとランスロットがにっこりとほほ笑んでいる。
「なんだかんだと他人に甘いあなたが、警戒しながらも拒絶せず、最後まで向き合おうとした誠実さに、私もあなたなら社長のお相手に相応しいと思いましたし、社長ならあなたのパートナーに相応しいと思ったのです」
ランスロットはさりげなくギルガメッシュとオジマンディアスを除外したが、唯斗なら相応しい、というだけでなく、唯斗にとって相応しいだろうと言ってくれた。
どうやら、ただの道具に半年も執着することなどないらしい。言われてみれば唯斗も納得した。道具は所詮道具なのだから、これだけ迫ってくるということは、3人にはそれなりの感情が伴っているのだと。
最初の態度が失礼過ぎて気付けなかったのかもしれない。
しかし、そこではたと我に返る。
「…や、つか、それならタワマン建てたり島買ったりする前にそう言えよ!!やっと気づいたかじゃねぇわ!!なんなら最初にお前らにクソ失礼なこと言われたの忘れてねぇし、お前らのせいでまともに就職できなくなったのも事実だからな!!絆されねぇぞ!!」
つい叫ぶように、3人に対して温かい気持ちが沸きかけたのを払しょくするように言った。どう考えても唯斗は悪くない。
いい感じの空気を醸し出して囲いやがって、と睨みつけた。
そんな唯斗を見て、ギルガメッシュはニヤリと不敵に笑う。
「フッ、それにしてもお前からすれば、気づかない方が良かったやもしれんな?我らを拒否したくともできまい」
「そ、んなわけ、」
「ないと?知らぬが仏を貫けるような性格ならもっと生きやすかっただろうよ」
ギルガメッシュに言われたことは図星だ。
彼らがきちんと唯斗に思いを向けていて、そしてこれからは恐らくきちんと向き合おうとすることを考えると、今までのように適当にあしらうことはできない。彼らが攻撃フェロモンを使わなかったから隷属フェロモンを使わなかったように、誠実な言動には誠実でいなければと思ってしまうし、そうしてしまう。
「……お前らきらいだ………」
結局それしか言えず顔を逸らす。世界的大企業の社長ともあろうと者が、多忙にも関わらず日本に留まって唯斗のそばに居続けた理由を一度知ってしまったら、もう後戻りはできなかった。
「ごめんよ、でも好きになってもらえるように頑張るよ」
なおもアーサーはそう言って、唯斗は必死に「絆されるな」と自身に言い聞かせながら、3人の方に視線を戻した。ニヤニヤと楽しげなギルガメッシュ、不敵に笑うオジマンディアス、爽やかに微笑むアーサー。人生を狂わされた責任は必ず取らせるとして、せめてこの話題を迂闊にも口に出してしまった元の目的だけでも果たして、少しでもこれから彼らの挙動をマシなものにしようと、ため息をつきながら口を開いた。
「……とりあえず、タワマンもホテルも島もいらねぇから、人格的なところで勝負しろよ、外堀埋めるのに頼ったら絶対振り向かないからな」
「ほう、忘れるでないぞ、その言葉。余の恩寵を前に、まだホテルの方がマシだったと思わせてくれよう」
オジマンディアスの言葉の意味を理解するのにやや時間がかかり、そして理解した瞬間、間違えたと気づいた。
この3人が本気で口説きにくる方を唯斗は選んでしまったのだ。まだ建物を贈られる方が精神的にマシだったと思わせるほどの口説き文句を用意してやるということだろう。
「や、やっぱ今のなし、」
「聞こえぬなぁ!なぁ黄金の」
「あぁまったく聞こえんわ!覚悟しろよ、雑種?」
「君が望むなら僕も本気を出して君を口説くことにするよ」
口々に3人の方が知らぬが仏の姿勢になってしまった。まさに藪蛇、唯斗は思わず、ごく近い未来の自分に謝る。そしてしょうもないことを願ってしまう。
どうか絆されるなよ、と。
きっとそんな願いは叶うこともないだろう。