知らぬが仏−4
出会ってから半年が経とうとしているが、いまだに唯斗はあのときの屈辱を忘れていないし、特に変わった様子のない彼らを放置し続けている。そのうち本国に帰らざるを得なくなるだろう。
そう思っていたが、このままでは日本経済にすら浸食しかねない彼らの様子を見ているとだんだん不安になってきたため、全員揃った今、態度をよりはっきりさせようと思い立った。適当にあしらっていた結果、唯斗のあずかり知らぬところでビルやら島やらが動いているのだ。このままでは本当にどうなるか分からない。
「……なぁ」
一声唯斗が言えば、ぴたりと騒ぎはやんで全員の目線がこちらに落ちてくる。一応、和室であるがスリッパを用意してやっているので、上等なスーツの足元がスリッパなのがシュールだ。
「あんたらさ、結局俺のこと、αの子供産ませるための道具としてしか認識してないんだよな」
しん、と静まり返る居間。3人とも表情を隠すのは社交界を渡り歩くだけあってうまく、その感情は見抜けない。控えているガウェインとランスロットだけ、少し焦っているように見えた。
「タワマンだかホテルだか島だか知らないけど、それは俺を閉じ込めるための牢獄か何かか?」
「…気を悪くしたならすまない、ただ、僕はリラックスできる場所があるといいだろうと…変異Ωとなったことが世間にまで露見してから心労が絶えないだろう」
「世間に俺のことが広まったのはお前らが騒いだからだ。だから週刊誌が突き止めた。俺には後ろ盾となる親もいないしな」
こうして世界的大企業の社長たちが集まって騒いでいることで、唯斗が変異Ωであり、世界有数のイケメン金持ちたちに言い寄られているハーレム状態だといって、面白おかしく週刊誌が報道している。第二性差は第三者によるアウティングが禁止されている個人情報であるため、大手メディアは触れていないが、すでに世間にはネットニュースなどで広く知れ渡ってしまっていた。
当然、イケメンの金持ちを侍らせているというデマや、唯斗に対する性的な侮辱めいた記事だって散見されている。
そうやって世間に騒がれて社会に居場所をなくすことで、どこかに隠れる口実を与える、そんな外堀を埋める意味もあったのだろう。
現に、唯斗はバイトを続けられなくなったし、大学からはこのままだと就活も難しく、誰かを選んで玉の輿に乗った方がいいと言われている。楽に暮らせてよかったじゃないか、そんな言葉は周りの人々からよく聞こえていたし、いまさらになってフランスの父からも連絡が来る始末だ。
「……満足か、俺を社会から遠ざけて、あらゆる侮辱の言葉を聞かせて、ネグレクトしていた父親から金目的で連絡を受けとるような状況にして」
じっとアーサーを見上げると、アーサーは答えられずに目をそらした。相変わらず読めない表情のギルガメッシュとオジマンディアスも黙っている。どう言いくるめるか考えているのだろうか。
「今なら、自殺した多くのΩの人たちの気持ちがよく分かる」
その一言に、さすがに3人ともたじろいだ。
α、β、Ωは、日本において明治憲法下では優性、汎性、劣性と呼ばれていた。劣性のΩは基本的人権が与えられず、国民資質向上法と第貳性差調整法が制定されると、Ωはαの人口増加のための道具として利用され、徴集と隔離、そしてαの婚姻相手として国の支配下におかれた。
戦後、Ωの強制収容こそなくなったものの、しばらくは生殖のための結婚は当たり前で、経済状況の改善と生活の自由化、都市への移動などが進んだ60年代にはそういったこともなくなっていく。
70年代、男女平等とともに第二性差の平等も叫ばれ、第二性差平等機会法が成立すると、社会におけるΩの進出はようやく拡大していった。
しかし情報社会が到来すると、αに番を解消されたり、理不尽な扱いを受けたりしたΩの集団自殺サイトが発生。2000年代の10年間で12万人ものΩが自殺、2005年にはΩの健康的生活保障法が成立したが功を奏することはなく、2007年にαへの刑法の厳罰化が行われた。
Ωの自殺は日本だけでなく先進国の多くで社会問題となっており、ドイツや米国などですら、Ωの人身売買が摘発されている。直近1年間におけるΩの人口減のうち、実に60%が自殺で、自然死は30%程度にとどまっているほどだ。