運命の風−5
そんな低い声が聞こえた直後、唯斗の足に跨って体をまさぐってきていた男が吹っ飛ばされた。文字通り、地面に飛ばされて倒れたところに、長い足が唯斗の腕を拘束していた男も蹴り飛ばす。鮮やかに唯斗を解放すると、ざわつく不良たちを睥睨した。
「自殺すんなら唯斗を巻き込むな。でも安心しろ、お望み通り殺してやっからよォ」
酷薄な笑みを浮かべるその目は据わっている。声に込められた感情は、すでに一周回ってしまった怒りであり、いかに痛く、苦しいやり方をしてやろうかという残酷な思考が垣間見えていた。それを感じ取ったのか、もしくは中心核の二人が気絶したからなのか、他の不良たちはすぐに怯えて後ずさりする。
漫画ならこのまま乱闘だろう。しかし、それが長可にもたらす悪影響を、唯斗は良しとするわけにはいかなかった。αの番を守ろうとする本能は極めて強い。恐らく唯斗が放っておけば、長可は全員を撲殺してしまう。
「…長可、10秒待てるか」
「あ?」
「頼む。抱き締めてくれ」
そんなこっ恥ずかしいことを言いたくなかったが、長可はその言葉の方が優先だったのか、無言で膝をついて唯斗を抱き締めた。長可の肩に顎を乗せると、唯斗は不良たちに目くばせする。
「逃げろ」と口パクすれば、αの本能を前に不良たちは危険を察知したのか、倒れた二人を抱えて一目散に逃げていった。
長可も唯斗が無事だったことに落ち着いたらしく、怒りを鎮めて唯斗だけに意識を向けている。
「悪い、遅くなった」
「むしろめちゃくちゃ早いだろ。よくこんな早くに着いたな」
「バイク出した」
まだバイクには乗れないだろう、というのはもう今更であるため口にせず、不良たちがすっかりいなくなったのを確認してから、ようやく唯斗も息をついた。長可の肩に顔を押し付けて深く抱き着くと、長可が頭を撫でてくれる。
バイクで来たとは言っていたが、首筋には汗をかいていて、急いで来てくれたのだと分かる。
きっと唯斗は、心のどこかで、長可に愛想をつかされることを本能で恐れていた。それは多くのΩが番を解消されて苦しんできたことへの自然な反応だ。だから、確実に長可が自分の番として生きてくれる相手だという確証が欲しかった。
しかしそんな確証を、高校生という社会を知らない段階で得られるわけもなくて、だからこそ迷っていた。
今日、その確証はこんな形ではあったが、得ることができた。
唯斗のためにわざわざバイクまで出して、本人もこれだけ焦って走ってくれて、そして本気で不良たちを殺そうとした。あのとき長可は理性的だった。いつものように暴れたくて暴れていたのであれば、唯斗が呼びかけても殴り続けていただろうが、そうではなく、どう痛めつけて殺してやろうか考える過程で冷静になっていたからこそ、唯斗の言葉に応じてくれた。
少し物騒な話ではあるが、長可はそれだけ強く、唯斗のことを守ろうとした。
「…お前、あのままあいつら殺して刑務所入ったらとか考えなかったのかよ」
「まだ番じゃねェから好きにできるって思った。唯斗を一人にしても、体の心配ねェからな」
「っ、」
唯斗は息を飲んで、思わず体を離して長可の顔を見上げる。地面に座り込む唯斗を屈んで抱き締めていた長可の顔は、少し高いところにあった。
「?どうした?」
「…ッ、体の心配なくてもなぁ…!」
唯斗は感情の強さに言葉を詰まらせる。こみ上げる感情の赴くまま、そっと長可に顔を寄せて、唇を重ね合わせた。驚いて長可が固まるのが分かる。
「……次は、俺の心まで心配しろよ。俺もそうする」
「…唯斗、お前、」
「番になろう、長可。覚悟決めた。お前となら、一緒に生きたいって思えるから」
「ッ!!唯斗!!」
唐突にでかい声を出したと思うと、おもむろに長可は唯斗を抱き上げてきた。まるで幼い子供に高い高いをするかのように、抱き上げられて体が宙に浮く。逞しい腕に支えられて安定感はあるが、急な浮遊感に、思わず抱き着いてしまう。
「なにしてんだこら!」
「嬉しくてな!よし唯斗!!今から持ち帰るけどいいな?いいよなァ!?」
「え、今から?」
「これ以上待たせんならここでヤってもいいぞ」
「……分かった、マジで、自制はしろよ」
「はは、まぁ無理だろうな!」
そんなことは百も承知だ。もうここまで来れば長可は止まらないだろう。
今晩のことを考えると今から腰が痛くなりそうだが、もともと男に襲われていた唯斗を見て、αとしての独占欲がすでにマックスまで達しているだろう。むしろよく耐えている。
こう考えると、長可は非常にαの本能を抑えている方だと思う。ずっと我慢してくれていたのだという事実にときめいてしまうあたり、関係を受け入れてしまえば唯斗もΩとして全力で惹かれてしまうらしい。
二人に吹き付ける風は、生暖かく湿気を帯びて、高速道路の排気ガスを含んだお世辞にも風流なものではなかった。しかし、次の季節の訪れとともに、二人の新しい関係を予感させる、そんな風だった。