大都会のシルヴァンドル−10


ランスロットがそう言ったところで、玄関が開く音がした。ギャラハッドが帰宅したのだとすぐに分かり、ランスロットは立ち上がって唯斗の乱れたシャツを直そうと手をかける。

それはまずいのでは、と唯斗が思った瞬間、リビングの扉が開いてギャラハッドが入ってきた。


「玄関の靴はいったい…誰の……」

「おかえりギャラハッ、ぐはッ!!」


言い終わる前に、ギャラハッドは思い切りランスロットを蹴り飛ばした。とても父親にやるようなものではない、綺麗な回し蹴りだ。
ランスロットは床に倒れこみ、テレビ台にぶつかって大きな物音を立てる。同時に、ギャラハッドは唯斗を抱き締めた。
やや背の高いギャラハッドの逞しい体に抱き込まれ、すぐ近くに前髪で隠れた左目が見えた。


「大丈夫ですか?!唯斗さん!すみません、僕としたことが迂闊でした…!」

「いや、別にちょっと胸倉を掴まれただけだから…」

「大問題ですが!?」


それはそうだ。ギャラハッドは怪我がないか唯斗の首元をせわしなく確認している。そこへ、復活したランスロットが頭を擦りながら立ち上がった。


「いきなり父親を蹴り飛ばすヤツがあるか」

「あなたを父親だと思ったことはありません」

「まぁ落ち着けって。暴力とかじゃないし」

「…?では他に何が…?」


まさかのピュア発言に、唯斗はランスロットを見遣る。首を横に振られ、唯斗はため息をついた。
話題を切り替えるべく、ランスロットが代わりに口を開く。


「ギャラハッド、高校の件だがな。好きなところにしなさい」

「……は、」


唐突な言葉に、ギャラハッドはポカンとする。ランスロットは蹴られた後にも関わらず元気そうにほほ笑んだ。


「唯斗君と話していてね。目が覚めた、なんて言うと都合が良すぎるのだが…父親としてすべきことのベクトルを、見誤っていた」

「唯斗さんが…」

「恥を知れって言ってやった」

「やりますね」


ギャラハッドはそう言って控えめなハイタッチを求めてきたため、軽く応じる。意外とそういうノリはするらしい。

そうしてギャラハッドは顛末をランスロットから聞いて、ランスロットの心境の変化をとりあえずは受け入れた。


「…しかし、僕はあなたのことをすべて許すわけではありません。それだけは忘れないように」

「あぁ、もちろんだ」

「…それから、唯斗さんには改めて感謝を。まさか、ここまでしてくれるなんて」

「俺も驚きだけどな。首突っ込むつもりなかったのに」


ギャラハッドはなぜか唯斗を抱き締めたまま礼を言った。そろそろ離して欲しいのだが、そこにランスロットが近寄る。


「先ほどはすまなかった、唯斗君。痛かっただろう」

「いえ、慣れてるんで」

「っ、」


2人そろって言葉に詰まる様子がよく似ていて、確かに親子だと思ってしまったが、ギャラハッドが嫌がりそうなので黙っておく。

すると、ランスロットはおもむろに唯斗の手を取った。


「これも何かの縁だ。君のことを、最大限支えよう。困ったことがあったらなんでも言ってくれ。ところで、日本は同性婚は可能だったかな?」

「たとえ可能でも犯罪だから近寄らないでいただきたい。唯斗さん、この人を頼らずとも僕があなたを助けますので」


いったい何の質問かと思えば、ギャラハッドが強く抱き締めてきたために察する。やはり正論である。

くだらないやり取りだが、それをしている二人に、つい安堵してしまう。唯斗のようなことにならなくて良かった。善行をしたつもりはないが、単に安心する。
同時に、そんな二人がこうして唯斗を今度は助けようと言ってくれていることに、初めて味方ができたような、そんな温かくもむず痒い気持ちになった。


「…こんな関わる気なんてなかったけど、でも、そう言ってもらえんのは、嬉しい、つか…味方になってくれる人がいるって、いいな」


そう言いつつ、こんなことを口にしているのが気恥ずかしくて、ついギャラハッドの肩に顔を隠すように埋める。

そんな唯斗を、ギャラハッドは優しく抱き締め直す。頭を撫でる大きな手はランスロットのものだろう。だが、それをギャラハッドが掴んで離そうとして、頭上で無言の力比べが始まった。
いったい何をしているんだ、と少し呆れつつ、ギャラハッドの肩の上で視線をずらす。

リビングの窓の外に広がる大都会は夜景になっており、対照的に明るいリビングでバトルを繰り広げるランスロットとギャラハッドがガラスに映っている。
その向こう側の都会の明かりがまぶしすぎて、夜空に星など一つも見えない。

童謡「きらきら星」のフランス語の原題と内容を思い出して、その光景がなんだかとてもフィットしているように思えた。
少なくとも、落ちるはずのなかったところに落ちてしまった三人が、星空のような東京の夜景に映っているのは、あまりにしっくりと来てしまって、二人に見えないように小さく笑った。



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