大都会のシルヴァンドル−9
「耐えかねて日本に移った俺は、日本の資産だけを与えられて、その金で大学卒業まで一人で生きてくことになった。ギリギリ足りるかどうかっていうその額でなんとか大学出るために、こうしてバイトしてる。だから、ギャラハッドがなるべくあんたからの借金である学費をかけたくないからって公立に拘るのも理解できた」
「そう、だったのか…それで君は……」
ランスロットは、掴んでいた腕から力を抜く。浮いていた足が床についたが、シャツは掴まれたままだった。
呆然としたようにこちらを見つめるランスロットに、唯斗は自嘲気味に笑う。
「ほんとは、フランスなんて嫌いだ。ブルターニュなんて二度と戻りたくない。ギャラハッドがレンヌの屋敷で虐げられてた話を聞いて、一緒だと思った。あいつがパリに逃げたように、俺も東京に逃げてきた」
「…だが、君は…助けてくれる人がいたのか…?」
「そんなんいない。いたらこんな苦労してねぇだろ」
「そんなことが……」
ギャラハッドはパリで祖母に助けられた。唯斗の場合、特に助けてくれる人なんていなかった。それでもなんとかなったのは、単に金があったからだ。それでも、大学の学費までは足りるか不安だった。
「どうせ俺の父親は、俺が成人すれば縁を切るつもりだ。そうなったらいよいよ俺一人で生きていくことになる。でもギャラハッドは違う。だって、あんたがギャラハッドに向き合おうとしてるから」
「っ、それは…」
祖母に言われて、日本への転勤を契機にギャラハッドと暮らし始めたという経緯を考えれば、ランスロットとて渋々だっただろう。だが、本当に嫌なら拒否するのもまたフランスらしさだ。
拒否せずに日本まで一緒に来たのだ、ランスロットは心機一転、それなりの関係を築こうとしているのである。
「ランスロットさんは俺の父親とは違う。ちゃんと向き合おうとしてるだけ、良い人だ」
「そんなことはない!私は…私だって君の父親と同類だ、息子のことを、こうやって16かそこらの少年に頼もうとしているような、情けない大人だ…!」
ランスロットはそう言うと、目元を右手の平で覆うようにして俯いた。左手はまだ唯斗のシャツを掴んでいたが、それは掴むと言うより縋るようなものだった。
徐々に日が暮れて、ぽつりぽつりと外の街並みには光が灯り始めている。
「…そうやって、自分が悪いって言い聞かせて、自分を傷つけて、自分だって傷ついてんのにそれを無視して、そういうのも全部罰かなんかだと思ってんだろ。そう思うことで罪滅ぼしでもしてんじゃねえの」
「……はは、君は、本当に高校生か…?まるでカウンセラーだ」
「それこそ高校生に期待することじゃないだろ」
ランスロットは、自分がギャラハッドに対して抱える後ろめたさから逃げて、自分を悪人だと、罪人だと言い聞かせて自分を傷つけて、自分だってひどく傷ついたのにそれを癒さず、それが自分の罰だと思い込んでいる。
唯斗がこういうことを理解したのは、ただランスロットがギャラハッドを見ておらず、逃げるために自分を傷つける方向に視線を向けているように見えたからだ。ギャラハッドのためと言ってギャラハッドを見ていないことは、彼の話を聞けばすぐ分かる。
なまじ、似たような家庭環境だから分かったのだろう。
「…罪を償おうってんなら、自分を傷つけるんじゃなくて、ギャラハッドを幸せにする方法を考えるべきだろ。そうしてなかったからむかついたんだ」
自分を傷つける考え方をすることによって、ランスロットは逃げているだけだ。罪を償うのなら自己を痛めつけることではなくギャラハッドを幸せにするべきである。
「だが…私の罪は本物だ、レンヌでどんな扱いを受けているか知っていながら何もしなかった。君の父親と一緒だろう」
「ランスロットさんが傷ついたことだって本物だろ。少しでも父親であろうと、ギャラハッドに責任を持とうとしたのも本物だし、それがうまくいかずに苦しんでいるのも本物なんじゃねぇんすか。それは癒されるべきものであって、そこまでがあんたの罪じゃないと思いますけど」
ランスロットだってたくさん傷ついてきた。騙されて子供ができたというそれだけでも相当にショックだったはずだし、周りから子供の事を糾弾され、双子を別々に預けてロンドンにいることを非難され、自分自身でも子供たちに申し訳なく思っていたはずだ。
そうしたことを甘んじて受けることまでランスロットの罪ではないだろう。
そう告げると、ランスロットはそっと唯斗を見つめる。その紫の瞳は、水分量が多いように見えた。
「………誰も、私を父親だと認めたことはなかった。評価されたことはなかったし、私の気持ちを認めてもらえたのも、初めてだ」
そして、ランスロットはようやく手を離して、力なく床に膝をついた。胸倉を掴んでいた手は、唯斗のシャツの胸元に添えてあるだけで、ランスロットは額を唯斗の腹につけるようにして凭れる。
いい年をした大人が縋るような体勢になっていることは、今回は見逃してやることにした。
「良い父親ではないですけど、あなたは素敵な人ですよ。ギャラハッドがそうだし、あいつはあなたの息子なんだから」
「…ありがとう、唯斗君。君と出会えて、本当に良かった」