奇跡か否か−1


現代大学生パロ
シャルルマーニュ×主


9月、長い大学の夏休みが終わり後期が始まったころ、唯斗は図書館を出てすぐに残暑の厳しい暑さと湿度に包まれ、思わず立ち止まった。

東京の郊外に位置するこの大学は、国際系の大学として日本トップクラスの偏差値であるのはいいのだが、郊外の辺鄙な場所にあるため通いづらいという難点があった。それでも、この暑さが都心の大学のそれよりいくらかマシであろうことを考えると、緑がほどほどに残った住宅街であるこのキャンパスはまだ恵まれている。

唯斗はこの大学でフランス語学科におり、もともと帰国子女であるために喋ることができる英語とフランス語をさらに上達させて欧州で就職するつもりだ。

今日も、授業が本格的に始まる前に図書館で勉強してから、夕方の雨を前にさっさと帰宅しようと思っていたのだが、雲行きはすでに怪しい。
早く帰ろう、と正門に向けて歩き出そうとした、そのときだった。


「あっ、いた!」

「……?」


まだ2年生以上の学年の授業が始まっていないこのタイミングでは、あまり学内に人は多くなく、こんな大声で呼びかけられればさすがに自分へのものだと気づく。

友人もろくにいない唯斗にこんな声の掛け方をする人物に思い当たりがなかったため、訝しみながら振り返ると、別の建物から猛スピードで駆け寄ってくる男子学生が見えた。


「唯斗!唯斗だよな!?」


あっという間に目の前に現れた男は、唯斗より5センチほど背が高く、染めたのであろう黒髪から白い髪の束がいくつか覗き、後頭部は完全に白という非常に派手な髪色をしていた。
何より、やたらイケメンだ。欧州系の顔立ちだが、こんな奇抜な髪色でも違和感がないほどに非現実的な男前だった。

そんな男前が流暢に日本語を喋っているのも違和感がある。


「…え、っと?」

「あ、悪い、さすがにこんな髪じゃ分かんねぇよな。俺はシャルル、すっげー前にさ、日本旅行中に親とはぐれて迷子になってるとこ助けてもらったんだけど…覚えてる?」

「……迷子…シャルル……あ、え、マジで?」


記憶を掘り返すと、その名前と迷子だったという話でパッと思い出されたものがあった。

10年以上前のことだ。ここからそう遠くない繁華街で、唯斗は迷子になっていたフランス人の少年を助けたことがある。そのとき名乗ったシャルルという名前が印象的だったのだ。

なぜなら、シャルルは日本語では「太郎」にも似たポジションの名前であり、言ってしまえば非常に古めかしい。そうそうこの名前を現代で名づけることはなかった。

だからその珍しさと、英語もままならない10歳にも満たない子供が日本で迷子になるという心細さが察するにあまりあったこともあって、印象深く残っていた。


「うわ、覚えてる。え、マジであのシャルルなのか…?」

「おう!まさかマジで会えるとはな!いや〜、必死に探した甲斐あったぜ」

「いや…マジでどうやって…てか探してたのか…?」


まさか10年以上前に助けた人物が自分を探していたとは思わなかったし、それで自分を見つけ出せるというのはもっと訳が分からなかった。
まだ小学校低学年だったときに出会ったのだ、そこから何も接点などなかったし、互いにやり取りをしたこともない。SNSはもちろん、不慣れな日本語なら名前すら覚えていられなかったはずだ。


「めっちゃ大変だった!名前しか覚えてなかったからさ〜、名字もわかんなくて!」

「…それでどうやって俺のこと見つけられんだよ」

「ん?大したことじゃねぇよ、ただ、あのとき自分が迷子になった町をマップのストリートビューで見つけて、記憶辿って唯斗の家を見つけて、そんでちょっと前に日本に旅行で来たときにその家に実際に行って表札の名字確かめて、あとはその名字と名前で近所の人に聞き込み」

「探偵かよ…」


この外国人アクティブすぎる、と行動力に震えた。というか、まさかそこまでするとは思わずわりと引いている。


「…なんでそんなまでして俺のこと探してたんだ?」

「そんなん、雷に打たれた(一目惚れ)に決まってんだろ」

「………え」


フランス語では一目惚れを「雷に打たれる」と言う。シャルルは、唯斗に一目惚れしたというのだ。


「…俺、男だけど……?」

「フランスは同性婚できるしな。つーか、性別とかじゃなく唯斗のことが好きになったんだから仕方ねぇじゃん」


突拍子もない話の連続で、唯斗はもうどう反応すればいいのか分からなくなる。
確かに、10年以上前に出会っただけの人物との再会や執念深い方法で唯斗を特定したことなど、驚きの事実を前に同性に一目惚れなど大したことではないように思えてきた。

どうしたものか、と思っていると、ぽつりと顔に水滴が落ちてきた。雨が降り出してしまったらしい。


「げ、雨だ」

「傘持ってねぇの?」

「忘れたから、今日は早く帰ろうと思ってた…」

「じゃあ寮来いよ、ここの寮って一人部屋なのすげーよな」

「…お前ここの学生になんの?」

「そっ。後期から留学生としてここに在籍すんの。しかも短期とかじゃなく卒業までの正規留学生な」


もはや驚くまい、と唯斗はリアクションを取るのを諦めた。
今はそれよりも、すぐに雨脚が強くなり始めた空の下から隠れるのが急務だ。シャルルに案内され、唯斗はこの大学の留学生寮に走った。



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