奇跡か否か−2
寮はいくつかあり、留学生の中でも正規留学生は一人部屋が与えられている。短期留学生は相部屋だ。
新築のマンションのような建物に入り、シャルルの部屋に通される。さすがにキッチンなどはなく、シャワールームとトイレはある。シェアハウスの方が近しい気がする。
シャワールームとトイレ、洗面台のあるごく僅かな廊下を抜ければ、すぐに寝室となる。大きなベッドと勉強机、棚、クローゼットでいっぱいになっており、普通のビジネスホテルの寝室のような広さだ。
「結構濡れちまったなー」
「…悪いな、急に上がらせてもらって」
「いいよ、どうせやることないし」
靴を脱いで廊下に上がると、タオルを渡され濡れた髪を拭く。すっかり外はゲリラ豪雨だ。
「ほい、着替え」
「ありがとな」
Tシャツとスラックスを渡され、シャルルも濡れた服を脱いで着替え始める。唯斗も濡れたシャツを脱いだところで、突然、後ろからシャルルに抱きしめられた。
前に回された腕、背中に触れる逞しい胸筋、素肌同士が触れあい、熱がダイレクトに伝わってくる。
「ッ!?」
「俺、お前のこと一目惚れしたって言ったんだけど?」
「あ…や、その、」
そういえば、これは自分を好きだと言った男の部屋に上がったということを意味している。その事実に今更気付いてしまい、体が硬直した。
しかし、シャルルは小さく笑うと体を離す。
「冗談、ではないけど、同意なしで無理やりなんてこともしねーよ。ていうか、俺だってそもそも本当に会えると思ってなかったし」
「…?」
困惑していると、「早く服着ろ、マジで襲うぞ」と言われ、すぐに借りた服を着る。背丈はそこまで変わらないはずなのに、少し大きかった。
濡れた服を預かってもらい、シャルルはそれらを共有の乾燥機にかけにいったん部屋を出て行った。
一人部屋に残され、どうすることもできず、唯斗は仕方なく勉強机の椅子に座った。ベッドに座るのはいよいよまずい気がしたからだ。
すぐに戻ってきたシャルルは、唯斗が椅子に座っているのを見てニヤリとする。
「お、えらいえらい。ベッドに座ってたら押し倒してた」
「おい」
「はは、でもさっき言った通り、同意なしじゃ何もしねーし、それに…」
シャルルはベッドにどかりと腰を下ろすと、唯斗を見上げる高さになり、その青い瞳でこちらを見つめた。
「…一目惚れとは言ったけど、でも、今までずっと好きだったとか、そういうわけでもねぇんだ。なんつか、大好きな日本に行くための理由の一つ、でしかなかったんだ、特にここのところは」
「最初は一目惚れしたけど、帰国してからはだんだん気持ちを落ち着かせたってとこか」
「そうそう、そういう感じ」
さすがにシャルルも、この10年ずっと恋心を抱いていたというわけではないらしい。
いわば「日本の素敵な思い出」の一つとしていたものだったのだろう。
「もともと日本が好きだったからさ。いつか絶対日本に行くぞって思ってて、そのモチベーションの一つが唯斗のことだった。まぁ、本当に会えるとは思ってなかったけど、いざ探してみたら案外見つけられちゃって、それなら同じ大学に行ってみようと思ったんだよな。もちろん、普通にいい大学だったし、他にもここに決めた理由はあるけどな」
「それにしても行動力すごすぎだけどな」
軽い気持ちで探し始めてみれば見つけてしまったのもそうだし、そこから同じ大学に留学するところまでこぎ着けるのもそうだ。
すると、外から雷鳴が轟いてきた。突然光り、すぐにゴロゴロという音が響いてくる。
「うわ、雷じゃん。すぐ止みそうだけど」
「…、そうだな」
唯斗は体を固くして、最悪だ、内心で呟く。
実は、雷がひどく苦手だったのだ。昔から家で一人でいなければならなかった唯斗は、雷の度に怯えながら過ごしていたため、今も苦手意識が強い。さすがに、もう怖がって隠れるようなことはしないが、気を紛らわすために音楽を大音量で流すなど何かしらの対策はいつもしていた。
ゲリラ豪雨のときの雷は、距離が近く特に苦手だった。
「唯斗…?ひょっとして、雷苦手か?」
「え、…いや、なんで、」
「そんな感じする。勘…っていうか、まぁ、表情かな。怯えてる」
ガサツで大雑把そうな男なのに、そういうところはすぐに気付けるタイプらしい。
とはいえ、この年にもなって雷が苦手だというのも恥ずかしくて、唯斗は否定しようとした。
しかし同時に、外からひときわ大きく雷鳴が轟いてきた。腹に響く重い音が空気を振るわせて、肩がつい跳ねてしまった。
「……別に怖くないけど」
「いや無理があるだろ!」
何事もなかったかのように振舞おうとした唯斗だったが、シャルルはそうツッコミを入れてから、苦笑しつつ立ち上がって唯斗の手を取った。
「ほら、こっち来いよ。大丈夫、襲わないように頑張る」
「な…っ、」
「冗談だって。ほらほら」
シャルルは半ば強引に唯斗を立たせると、そのままベッドに二人で飛び込んだ。倒れるようにごろりと横になり、シャルルの腕の中に抱き込まれる。
「ちょ、おい、」
「いや〜ほんと、成長しても可愛いとかどんだけだよ」
「はぁ?!」
ベッドのシーツの上、シャルルの左腕に頭を乗せるようにして抱き込まれ、眼前にシャルルの胸筋の形を浮かび上がらせるシャツが迫る。そして、後頭部を優しく撫でられた。
突然だったが、シャルルの温もりのおかげで無意識に体が弛緩し、外から相変わらず聞こえてくる雷鳴が意識の外に出て行く。