大都会のシルヴァンドル2−1
4月、高校2年生になった唯斗は、教室の前で色めいている女子生徒たちに気付いた。
クラス替えをしたため、学年全体が浮ついているのは確かだったが、散り散りになった旧クラスの友人と集まりつつ、各教室の様子を見に行くグループもあり、その中の一つらしい女子の集団が、新しい唯斗のクラスの前に集まっていた。
5人ほど集まって、唯斗が在籍するD組の後方の扉から教室を覗いているため、唯斗はそれを通り過ぎて前方の扉に向かった。
そんなに遠巻きに見るような生徒などいただろうか、と思ってすぐ、該当する人物に思い当たり、こうなるのか、と今更気付く。
開け放された扉から教室に入ると、すぐにその生徒がこちらに気付き、顔を綻ばせて立ち上がった。
「Salut!唯斗」
「Salut、早いな」
「思ったよりも皆さん遅いんですね、日本人はもっと時間前集合なのかと」
窓側から2列目の後方という良いポジションの席にいたギャラハッドは、すぐにこちらへと歩いてきて、フランス語の砕けた挨拶をする。
それに返しながら、ざわつく教室内に一瞬だけ目をやる。驚いている生徒たちは、二重で驚いていることだろう。
まず一つ、流ちょうにフランス語で話し始めたこと。明らかに外国人であるギャラハッドのことは全員気になっていたようだが、話しかけられずにいたらしい。その人物が、少なくとも英語ではない言葉を喋り始めたことで全員驚いている。
二つ目、恐らく、唯斗が喋ったことだ。とことんクラスメイトとのコミュニケーションを避けてきた唯斗は、ほとんど人前で喋ることはなく、必要な会話以外はまったくコミュニケーションをしてこなかった。
そういうヤツだと認識されていることもあって、誰も唯斗に話しかけようとはしないし、教師も諦めている。成績が良く行事には最低限参加していたこともあって、許されているようだ。
そうしたこともあってざわついている教室から意識を逸らし、唯斗はギャラハッドと簡単な会話をしながら黒板に貼られた座席表を見つける。
「あれ、ランダムなのか。番号順かと思った」
「僕と席を近くにするためでは?」
「一理あるな。まぁ、いいけど」
ギャラハッドは、ほとんど日本語が話せない。
出会ってから2か月間みっちり日本語の練習をしてきたし、ギャラハッドは頭が良くかなり日常会話もできるようになっているものの、日本語の読み書きに必要な文字数と語彙数は、欧米言語の数倍以上に上る。
しばらくそばでフォローしてやれ、という学校側の無言の圧力だろう。
ランスロットも、この学校にギャラハッドを入学させる際に、学校側に唯斗のことを話してあったため、そのあたりは問題ない。
ギャラハッド、ランスロットと出会ってからたった2か月。その末に、こうして二人は同じ学校の同じクラスに通うことになった。
ちなみに、フランスと日本では入学時期が異なることもあり、フランスであれば唯斗が一つ上の学年であったところ、日本では同じ学年に在籍することとなった形だ。
唯斗は窓際の席で、陽光の差す席にスクールバッグを置いて着席する。右隣にギャラハッドも座り、本当にギャラハッドが教室にいるのだな、と新鮮な気分になった。
これまでギャラハッドとは、唯斗のバイト先のパティスリーか、虎ノ門ヒルズの家でしか会っていなかったからだ。
しかも、そのときは私服だったが、ギャラハッドは今ブレザータイプのこの学校の制服を着ており、違和感があった。顔立ちがすこぶる良い分、陳腐な公立の制服が浮いて見えるのだ。
春の陽光を背中に浴びるこの席は、いつもなら新学期の浮ついた様子など感じずに眠くなっていたものだが、今回ばかりはさすがの唯斗も、新鮮な春を感じずにはいられなかった。