大都会のシルヴァンドル2−2
新学期が始まってから数日、ようやく授業が始まった。
最初はガイダンスやら身体測定やらで授業のない日が続いたが、それが終わればいつもの日常が戻ってくる。
唯斗は部活に入っていないため、ギャラハッドも帰宅部となったものの、最初の体育で行われた体育測定で学年トップクラスの成績を出したことから、様々な運動部に声をかけられていた。
そのあたりから、ギャラハッドが少しだけなら日本語を話せるということで、レベルを落とした日本語と拙い英語を混ぜて話しかける生徒も増え始めていた。
それでもギャラハッドは基本的に唯斗と行動を共にし、その唯斗が1年生のときから寡黙で有名だったことから、二人でいるときは声をかけられることはなかった。
ギャラハッド自身、それが楽だと気づいたのか、意図的に唯斗のところへ逃げてくることもある。
そうして始まった授業、やはり、ギャラハッドは教科書が読めず苦労した。
僅か3か月近くでこれだけできているのだから十分すごいのだが、特に現代文と古文、日本史で苦労していた。2年生の必修社会科は日本史だったのだ。
一方、英語と数学は余裕そうだった。
英語については唯斗にとっても聞く意味のないもので、基本的には他の授業の課題をやるなどして時間を潰している。
数学に関しては、やはり言語を問わずにできるものだからか、ギャラハッドもホッとしたようにしていた。
しかしギャラハッドはここで、言語の壁にぶち当たる。
「唯斗さん、」
授業中のため小声で話しかけてきたギャラハッドに、体を寄せて近づける。ギャラハッドもこちらに身を乗り出して質問をしてきた。
「日本語の数字は、どうやって数えるんでしたっけ」
「全部10進法だ」
「あぁ…ありがとうございます」
大きく分けて、世界の言語には10進法と20進法があり、フランス語はこれが混在している。数え方が違えば計算の概念もやや変わる。
それだけでなく、日本では九九という形で9×9までは暗記しているが、欧米ではそのようなものはないため、1の位同士の掛け算でも電卓を使うことが多い。
特にフランスは数え方そのものが複雑なため、スーパーやレジでも電卓をカタカタ弄っている店員を見かけることがある。もっと言えば、ユーロ圏は100以内の数字で日常生活の会計がやり取りされるため、スーパーなどでも22ユーロなど簡単な数字で収まるのだ。
間違っても、880円に対して1030円を出してお釣りを100円と50円にして受け取ろうなんてことを会計でする人間などいない。
「…、唯斗さん」
「ん?」
さらにギャラハッドは、他の生徒が回答を読み上げたのを見て、唯斗に重ねて質問してきた。
「6本はポン、5本はホン、3本はボンなのですか」
「ああ…3はホンのときボンのときもある、どっちでもいい。1、6、10は必ずポン、8は、ハチって発音するならホン、小さいツにするならハッポンだな」
「??でも本を数えるときは『冊』で発音は変わらないんですよね」
「冊でも数字は読み方変わるぞ。6はロッサツとは言わずに必ずロクサツって言うけど、8はハッサツでもハチサツでもいい。10はジュッサツだけだな」
「??なぜ……???」
「なんでだろうな。発音しづらいだけだろうけど…」
どうしてそんなひどいことが、とでも言いたげなギャラハッドに、ベースの発音に癖があり過ぎるフランス語話者には日本人も言われたくないだろうと思う。
「oeufで『ウ』としか言わないとか、l’eauで『ル』としか発音しないとか、フランス語も大概ひでぇからな」
「言われてみれば、発音が変わらないのに綴りを変える必要がある点はフランス語の難点ですね」
à、â、äといずれも表記は異なるのに、発音は変わらない。同じ発音なのに綴りが違うため、単語の暗記が難しい。また、人称・単数・複数・男性・女性などで6通りの活用形が存在するのに、その活用語尾が子音であるために発音されず、結局発音ではこれらの活用が表現されないこともフランス語学習者を発狂させる原因だ。
「面白いですね。言語の違いがこれほどとは。違う国にいるのだと実感します」
「…ギャラハッドは前向きだな」
「あなたの隣にいるのです、浮かれてしまって後ろを見る余裕などありません」
「な…っ、」
日本語を話していなくて良かった。不意打ちのギャラハッドの言葉に、唯斗は息を飲んで姿勢を戻す。授業中に口説くな、と言いたかったが、本当に嬉しそうに微笑むのを見てしまえば、唯斗はそれ以上何も言うことができなかった。