chapter. 4−3


「それにしても、なんで俺なんだ?」

「彼のたっての願いでしたの。ロタリンギアに行きたい、と」

「正確には私の部下の願い、ですがね」


コンスタンティノスは低い声で自嘲気味に補足する。それを聞いて、マリーはほんの少しだけむすっとする。


「この方、どうして皇帝でありながら小舟でマッシリアまで辿り着いたのか、教えてくださらないのよ。非公式といえど、ロタリンギア王をお招きするのだからと、私とシャルロットで身なりを整えて差し上げたのに」

「そうですよ、ひどい切り方だった御髪も切り揃えていい感じにしたのですから、少しくらい口を割ってくれてもよさそうですよね」


コルデーも秘密にされてプンプンしているが、コンスタンティノスは膝をついたまま二人を困ったように見上げる。


「申し訳ありません、お美しい公女様方。しかしながら、部外者の男である私がこうズカズカと後宮にいるだけに飽き足らず、ひどく血の匂いのする話をお二人にするなど、できるはずがございません」

「…ま、そうだな。許してやってくれ二人とも。コンスタンティノス帝、今の東ラバルム帝国の情勢は聞いているか?」

「いえ。1年近く、海を漂っていたものですから」

「……なるほど。じゃあロタリンギア王室で預かる。ありがとな、マリー、コルデー」


この男、まったく顔色を変えていないが、恐らく極めて危険な状態だ。それでも、二人にこれ以上の迷惑はかけまいと体調を偽っている。早くこの場を離れさせた方がいいだろうし、夫のいない公女が住む後宮に留まるなどどんな男も嫌だろう。

マリーとコルデーは笑顔で手を振る。ラウルはコンスタンティノスに歩み寄ると、その肩に手を置いた。

直後、転移魔法によって、二人はレッツェ城の後宮区画に出現した。
出かける前に、後宮の応接室でカストロとポルクスに待っているよう指示していたため、二人が現れるのと同時に、双子が警戒しながら出迎える。

転移直後にラウルへ危害を加える可能性を考慮してのことだ。

しかし、コンスタンティノスは驚きで固まったあと、無骨な城に安堵したのか、急に体から力が抜けて膝から崩れ落ちる。
慌てて支えようとしたが、重くて支えられず、ラウルまで倒れそうになる。


「う、わっ、」

「大丈夫か」


すんででカストロがラウルだけ支えたため、結局コンスタンティノスだけが床にしゃがみ込んだ。


「この男は?」

「東ラバルム帝国の皇帝、コンスタンティノスだ」

「東ラバルムの…?」


カストロに腰を支えてもらいつつ答えてから、ラウルは指をパチンと鳴らす。
すぐに、部屋にロビンが現れた。


「ロビン、悪いけどこの人を後宮第1客室に運んでくれ。そのあと、絹のシュミーズと木綿のブレーを用意」

「はいよ」

「ポルクス、治癒魔法士を連れて客室へ。カストロ、コンスタンティノスの服飾品や剣を客室の棚に片づけてから鍵をして俺に預けてくれ。俺はいったん執務室に戻る」

「承知いたしました」

「了解した」


ラウルの指示でテキパキと三人とも動き出す。すでにコンスタンティノスは気を失っていた。よくここまで持ちこたえたものだ。
イスタンブールからイタリア半島を迂回してマルセイユに小舟で辿り着いたということなのだ、相当な胆力である。1年かけて、途中の陸地で食糧などをなんとか確保しつつ、ここまで至ったのだろう。

かつて、幼いカストロとポルクスもギリシャのペロポネソス半島西岸からヴェネツィアまで小舟で流れ着いたが、アドリア海はうまく風に乗れば海流によって自然とヴェネツィアまで至れる。しかしイスタンブールからイタリアを迂回するとなると難しい。
地中海は東の方が気温が高く乾燥しているため、エジプトやシリア周辺の蒸発量が多く、地中海は西より東の方が海面が低い。そのため、常に表面の海水は東に向かって流れ、深い海水がジブラルタル海峡へと向かっていくのである。つまり、イスタンブールからイタリア方面へ向かおうとすると、エジプト方面に流れてしまうのだ。

よく嵐にもなるため、腕力だけでやってきたというなら、とてつもない偉業だ。


53/174
prev next
back
表紙へ戻る