悪性隔絶魔境新宿II−13


突然、常夜の街に獣のとてつもない咆哮が轟いた。
いまだ崩壊した高層ビルの粉塵が立ちこめる西新宿に、その埃すら揺らす獣の雄叫び。
忘れるはずもない、これは、狼王ロボだ。


『敵サーヴァント、高速接近開始!10秒で有効射程距離に到達します!』


アスファルトを蹴る鉤爪の音が急速に接近する。瓦礫が散乱する足場の悪さではあるが、アーサーは警戒して剣を構え、アルトリアとジャンヌも戦闘モードのまま周囲に意識を巡らせた。

そこに、跳躍したらしいロボが一同の目の前に着地した。
アスファルトにヒビが入り、猛々しい息づかいが響く。しかし、そこには何も見えなかった。


『え…!?こちらでは視認できません!』

「こっちも何も見えない、けど何かいる!」

「ふむ、どうやら幻霊を付け足したらしいナ。不可視になる存在、と言えばもちろん色々あるが…これは恐らくもっと単純だ。ウェルズのアレかな?まあなんであろうと脅威なわけだが」


モリアーティは冷静に分析しているが、冷や汗をかいている。何も見えないながら、ロボから溢れる殺気はひどい。
ウェルズは英国の小説家で、「透明人間」という作品を生み出した。形容詞の英単語invisibleが名詞として透明人間を意味するようになったのは、このウェルズの作品の影響だ。


『魔力増大、現出します!』


肌で感じるほどに魔力反応が増大する。直後、ロボはその姿を現した。
以前に見たときよりも遥かに禍々しく変質している。騎乗している首なし騎士は一体化しているようだった。
ホームズは騎士を見て、持っていたパイプをようやく消失させながら身構える。


「あの騎士はヘシアンだろう」

『ヘシアン…?そんな英雄の名は聞いたことがありませんが…』


マシュが通信越しに困惑するのが伝わる。それもそうだ、これは固有名詞ではない。唯斗はアーサーの後ろに隠れつつマシュに返す。


「ヘシアンは、英語で『ヘッセン人』を意味する言葉だ。現在のドイツ中西部、ヘッセン州にかつて存在した国が、アメリカ独立戦争でイギリスに傭兵を提供して一儲けしたんだけど、そのときにヘッセンからアメリカ大陸に渡った傭兵たちに端を発するニューヨークの都市伝説が、あの首なしなんだろ」

「あ、俺知ってる。スリーピー・ホロウってやつだ」

「そういうこと」


立香はビリーと仲良くする中で聞いていたらしく、スリーピー・ホロウの伝説も知っていた。

18世紀後半、ヘッセン=カッセル方伯フリードリヒ2世は、ドイツ北西部のハノーファー選帝侯兼イギリス国王ジョージ2世の娘メアリーと結婚し、その婚姻関係から同盟関係へと至る。その際、傭兵提供条約を締結して、イギリス王室から大量の儲けを得ていた。
こうしてヘッセンのドイツ人傭兵がアメリカ北東部の戦線に投入されると、その中の一人が残虐行為を理由に首を落とされ、それでもなお亡霊として彷徨い、ニューヨーク近郊の森に潜んでいるという伝説が生まれた。

これが伝説となる過程からなのか、それとも後世に足されたものなのかは不明だが、首のない騎士の伝説はアイルランドのデュラハン伝説が先に存在している。
スリーピー・ホロウはハロウィンに関連する伝説であり、ハロウィンがアイルランドの伝統であることを踏まえると、アイルランド系の伝承から派生したものではないかと考えられている。

マシュは幻霊の正体を理解した上で再び観測に集中しようとするが、すぐにハッとする。


『待ってください、敵サーヴァント、霊基が変質しています!』

『気をつけろ、もうあれはライダーじゃない…アヴェンジャーだ!』


ダ・ヴィンチが警告した通り、ロボはすでに変質しており、人類への憎悪によってサーヴァントと化した存在、クラス・アヴェンジャーとなっていたのだ。
カルデアの観測では、ジャンヌ・ダルク・オルタ、巌窟王がアヴェンジャーとして結論づけられている。

同じクラスだからか、ジャンヌは旗を揺らしながら、その柄を地面に突き立てる。


「マスター、あんた下がりなさい。あれは人類への憎悪を抱く者。この場で人類に該当するのは、あんたと雨宮だけよ」


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