永久凍土帝国アナスタシアI−8
その後、丸一日をかけて、ダ・ヴィンチとホームズの指導のもと、唯斗たちは凧の作成を行うことになった。立香が持っている霊基グラフのトランクは、電力さえあれば英霊1騎をこのトランクだけで常時召喚することができる。戦闘中だけの一時召喚も可能だ。
その電力を確保するには、今回、凧を上げて落雷を浴びせ、その電力をトランクに流すという方法がとられることになる。
凧の作成を完徹して終えて、4人はパツシィがまだ帰宅していないものの、いったん霊脈へと向かう。
しかしヤガ・スモレンスクの入り口付近には、なんとコヤンスカヤがいた。ロシア風の軍服らしき服装であり、法外な値段で食料を売りつけている。そして、コヤンスカヤに煽られたヤガたちは、互いに殺し合ってその値段でも購入できるよう相手から金品を奪っていた。
コヤンスカヤはやはりというかサーヴァント反応が検出されており、恐らくカルデアを襲撃した言峰神父もそうなのだろうが、一方で言峰神父は聖堂教会において2004年に死亡した人物であるはずだった。その正体は謎に包まれたままだが、コヤンスカヤがここにいるなら神父もロシアにいるかもしれない。
とりあえずコヤンスカヤは去ったため先を急ごうと足を踏み出したとき、咄嗟にアーサーは剣を抜いて唯斗たちを庇う位置に立った。
「…あーら、その反応の早さはさすが騎士王といったところですかねぇ?」
「な…っ、」
そこにいたのは、コヤンスカヤだった。去って行く姿は陽動で、恐らく最初からこちらに気づいていたのだろう。
先に気づいたアーサーがすでに構えているが、コヤンスカヤは泰然とこちらを見下ろす。
「生還おめでとうカルデアの皆様。まずはその幸運と生命力を讃えるとしましょう」
マシュもサーヴァントモードになろうとしたが、アーサーが制する。確かに、コヤンスカヤからは殺意が感じられない。コヤンスカヤもそれにアーサーや唯斗が気づいていることを察したようだ。
「まぁ私、仕事は一つ一つ片付けるたちですので。あなた方の掃討は明日からです」
「お前は、ロシアのサーヴァントなのか」
立香は果敢にも質問を投げかける。コヤンスカヤは相変わらず楽しそうな目をしている。愚鈍なものを眺めて嗤う顔だ。
「私はこの異聞帯のクリプター…カドック・ゼムルプスの味方ではありません。ヤガも所詮は人の発展形の一つ。私にとっては嫌悪の対象に他なりません。ですので搾取します。弱者を搾取する構造を造ったのはあなたたち人間でしょう?」
「…?」
「それではご機嫌よう。ここを生き延びて次もお会いすることができたのなら、そのときは一人の女として恨み辛みを聞いて上げましょう。それまでせいぜい這いつくばってでも生き延びることです。それでは☆」
コヤンスカヤは言いたいことだけ言うと、本当に去って行った。
それにしても、「あなたたち人間」という言い方や人類種への憎悪からして、コヤンスカヤはまるで「自分は人間ではない」かのように語った。
アーサーも去って行ったのを見届けて剣を消しながら訝しむ。
「あの気配…いやしかし……」
「アーサー?」
「…うん、後で話すよ。今は…別の問題が起きているようだ」
一難あってまた一難というやつか、アーサーが示した先には、スモレンスクの街中でオプリチニキがヤガたちに鎌を突きつけていた。どうやら、カルデアが潜伏していることがこの空間を統治する者の耳に届いたらしい。
町という町をオプリチニキが探し回っている可能性があった。
さらに、オプリチニキに恐れを成した市民は、唐突にパツシィを売った。ちょうど狩りから帰ってきていたパツシィをオプリチニキに売って、自分たちは危険から逃れようとしている。
それを見て、通信からゴルドルフの声が入った。
『ふん、見たか。あれが考えなしの末路だ。むやみやたらと牙を立てていればああなるのだ。だがいい陽動になる。やることは分かるな、藤丸!』
「はい!パツシィさんを助けます!行こうマシュ!」
「了解しました!」
『え?なんでそういうことするの?』
立香はほぼゴルドルフの言葉を聞いていない。マシュとともに物陰を走り出て、唯斗とアーサーも当然続く。
今までだってそうだった。助けることに理由はなくて、ただ、助けたことに後から意味がついてきた。それが、カルデアの旅路だった。
「アーサー突っ込め!マシュはパツシィを確保して退避ルート選定!」
「了解!」
「はい!マスターはパツシィさんをお願いします!」
「うん!」
走りながら端的に行動を伝えると、すぐにアーサーはパツシィに迫るオプリチニキを切りつけた。
切りつけるというより吹き飛ばすという方が正しい。その間に、立香がパツシィの手を掴み、マシュが逃走経路を確保する。
唯斗はアーサーに指示を出しながらマシュたちが逃げる方向を確認する。
「よし、もういいぞアーサー!」
唯斗は呼びかけるのと同時に、マシュたちが入っていった路地裏に飛び込む。後ろからアーサーも続き、さらにアーサーは唯斗を抱え上げて家の屋根の上に飛び乗った。
上から立香たちを視界に入れつつ、屋根の上を雪埃を上げながら走ることで、路地裏に次々と屋根の雪が降り注いで追っ手の視界を塞ぐ。
アーサーの腕に抱かれながら見渡すヤガ・スモレンスクの町は、どこもかしこもボロボロで、強者しか生きることのできない土地なのだということが如実に分かる光景だった。