人生のともしび−10


ようやく挨拶をすべて終えて、二人は東京へと出発した。
燈矢の運転で高速道路に乗り、4時間ほどのドライブとなる。これまで新幹線移動だったため、それに比べると時間はかかったが、そのまま直接マンションまでやってこれたのは良かった。

地下駐車場のうち、上層階専用区画に車を停め、上層階直通のエレベーターに乗り込む。
タワマンではなく、都心の中層マンションだ。こういう物件の方が実は高級である。

途中で人とすれ違うこともなく、エレベーターを降りて廊下を進み、二人の新居の玄関をくぐる。

すでに家具などは一通りそろっており、各収納の使い方もなんとなく決まっている。
靴のままシューズクロークに入ってコートをお互いに脱いでハンガーにかけ、反対側のシューズラックに靴をしまう。

廊下に上がり、広いリビングに入ると、扉の目の前にあるカウンターキッチンに接するダイニングテーブルに荷物を置く。
窓の外はもう薄暗く、室内は暗い。燈矢はボタンを押して自動でカーテンを閉めながら明かりをつけた。途端に部屋は柔らかい照明に満たされる。


「応利?どうかしたか?」


ずっと立ったままぼんやりしてしまっていたからか、燈矢が声をかける。正面に立ってこちらを窺うため、応利はそのまま燈矢に抱き着いた。
上着を脱いでいるため、長袖のTシャツ姿になっていることから、燈矢の体温を直接感じられる。晒された首筋に顔を埋めるようにすると、燈矢も抱き締め返してくれた。


「…なんつか…なんて言えばいいのか分からないっていうか…」


自分の中にある感情をうまく言語化できない。そう伝えると燈矢は小さく笑う。


「そういうとき、こうやって抱き着いてくるよな。可愛い」

「伝われ〜みてぇな感じ」

「まァ、俺もなんとなく、応利の考えてること分かるようになってきた」


燈矢はそう言って、優しく応利の後頭部を撫でた。それは甘やかすというよりも、いたわるようなものだった。


「…お前が初めて家に来たのは、俺に夢を諦めさせるためだった」

「…、」

「でもその時からずっと、応利は、俺に寄り添ってくれた」


炎司が応利を職場体験に呼んだのは、燈矢にヒーローになることを諦めさせることが目的だった。
応利はそれを拒否し、むしろ燈矢が雄英高校に入ることを後押しするようになった。

燈矢に言った、ヒーローになれるかどうかを決めるのは個性ではなく心だという言葉は、今も覚えている。


「俺だけじゃねェ。冬美ちゃん、夏君、焦凍、それに母さんやクソ親父ですら、応利は相手を尊重して、ずっと相手のこと考えてた。授業参観に出たり、誕生日やクリスマスをちゃんとやったり。子供のころの思い出が、暗いモンにならねェように」


どれもすべて覚えている。
子供たちの卒業式や入学式、誕生日といった節目、クリスマスやバレンタインなどのイベント、ひとつひとつの思い出を鮮明に思い出せた。
大人になってから、暗くてつらいことばかりの子供時代だったと思わなくて済むように。焦凍が、1人ではなかったと思えるように。そういう思いでやっていたことだったが、それは同時に、応利にとっても楽しい日々だった。


「……俺、楽しかった。あの家で過ごす日々が、ずっと」

「俺も。きっと冬美ちゃんも夏君も、多分焦凍も、みんなそうだ。だからみんな感謝してるし、俺が一番感謝してる。10年間、ありがとな」


燈矢がすべて言葉にしてくれた。
今までの日々は、確かに燈矢たちのためを思って頑張ってきたことも多かったが、それ以上に、あの家で過ごした日々が、かけがえなく、楽しかったのだ。

そこを名実ともに離れた今、ようやくその離別が感情となって形になった。それを言葉にできなかったが、燈矢のおかげではっきり自覚した。
それと同時に涙腺が緩む。より深く、目元を肩口に埋めるようにして抱き着くと、燈矢も応じるようにぐっと腰と肩に腕を回して抱き締めた。


「応利は、俺にどんなヒーローになりたいか考えろって言ったよな」

「…あぁ」


泣いている、というほどではなかったため、存外はっきりした声で答える。
その言葉も覚えている。初めて会った日、個性訓練をする中でも、不安定な燈矢に繰り返し応利が述べてきたことだ。


「あの火災事故のあとは、あいつが間違ってたって証明するためだった。でもだんだん、お前とヒーローになりたいって思うようになった。真っ暗な俺の人生を照らしてくれた灯台みてェな応利の隣に立ちたかった」


いつかも、同じように例えたことがあった。燈矢にとっては応利は人生を照らした光だったというが、それは応利にとっても同じこと。だから、二人の人生を照らす光は、燈矢の炎と同じ、蒼い色をしていると。


「こうして応利とヒーローやってる今は、一生かけて、お前のことを幸せにしてェって思ってる。そんで、二人で、別の誰かのことも照らしていきてェんだ」


初めて、燈矢は「誰か」のことに言及した。
ヒーローになりたい理由は、炎司から応利に代わっただけで、社会正義としてのそれではなかった。
だがここに来てついに、燈矢は、外に目を向けた。ずっと見ていないと不安になるような時期は過ぎ、応利から目を離して人々に目を向けても、その足元が揺るがないと確信しているのである。


「…うん、二人で幸せになろう。俺たちで、冬美たちのことも、社会の人々のことも、守っていこう」


応利はようやく顔を上げて燈矢を見上げると、そう口にした。
炎と同じ綺麗な青い瞳が、全力で、愛しいという感情を伝えてくれている。

蒼い色をした二人の人生のともしびは、今ここに、社会を照らす明かりとなるのだ。


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