新たな日常−15
7月中旬、東海地方の梅雨明けが発表され、いきなり真夏日が連続するようになった。
天候が落ち着いてきたため、再び山での燈矢との訓練を行うようになっており、特に今日はいつもよりまとまった時間があった。
最近は応利もここで自分の個性訓練を行っている。燈矢が出す炎を使って、真空空間の精密なコントロールを練習していた。炎という目に見える空気の流れによって、きちんと狙い通りの空間が真空になっているかを確かめられるのだ。炎は真空の空間では維持できないため、炎が遮られればそこは真空になっていると分かる。
学校で同様の訓練を行うときは、きちんと圧力計などの装置を使ってやっており、いちいちその準備をするのが面倒だったため、燈矢の訓練も兼ねられて一石二鳥である。
そうやってしばらく一緒に訓練をしてから、冷却のための休憩に入る。
燈矢は沢に手を浸し、応利は地面に座って頭痛を誤魔化すように水筒でハーブティーを飲む。
初夏の眩い新緑と陽光、木々のせせらぎが心地よい。
すると、そこに燈矢の声がぽつりと落ちた。
「…俺、ほんとにヒーローになれんのかな」
沈んだような声であり、応利は首をかしげる。脈絡がなかったからだ。
「どうした?急に」
「青い炎の制御が全然うまくいかねー…安定して出せねぇんだ。温度上げ過ぎると、また暴走するんじゃないかって思ったら、うまく温度を上げられなくて」
確かに、ここのところの燈矢の進捗は停滞している。目立って目標を達成できた項目がなく、相変わらず、安定して青い炎を出力させ続けられない。
1500度の壁を超えるためには出力を上げる必要があるが、あの火災の夜の恐怖が邪魔をして、温度を上げられないのだろう。
当然だ、あんなことがあって、恐怖を抱かない方がおかしい。燈矢は自分の炎で焼死しかけたのだ。また暴走したらという恐怖が、出力を上げることを阻害する。
燈矢はまだ感情の起伏が大きい。感情に個性が左右されやすく、情緒的に励ます言葉ではない方がいい気がした。そのため、応利はあくまで実務的な言葉だけに徹することにする。
「青い炎での精密な制御はかなりできてきてるし火傷耐性もついてきた。体つきもしっかりしてきていて、個性の強化に必要な土台は順当に整ってるところだろ」
「そう、かな…」
応利は頷いて、立ち上がって燈矢の隣に移動して腰を下ろす。気温が高いため、冷たい沢の水で軽く顔を洗った。
「ヒーローになったらコスチュームで補強するのが普通だし、エンデヴァーさんだってコスチュームで排熱して自分を守ってる。体を守ることをコスチュームだけに依存するわけにもいかないから、その点ではまだまだだけど、それは体の成長に依存するところでもある。出力上げるのが怖いなら、そのまま水の中で炎を出して、蒸発して泡立つ様子を見て出力のモニタリングをするってのも手だ」
水の中で炎を出すと、炎の大きさや揺らぎを観測できないため、精密な制御に重点を置いてきたこれまでの訓練ではあまりやってこなかった。今は出力に課題があるため、それならば最初から水の中で炎を出す形で訓練を行っても問題ない。
泡立つ水面の様子と、その時点での炎の大きさとを対比して観察できるようにすればいいだけだ。
「まだまだやれること、やるべきこと、時間が必要なこと、外的要因で解決できることなんかがたくさんある。少なくとも現時点で夢を諦める合理的な理由は見当たらないな」
淡々と述べた応利に、燈矢は一瞬泣きそうな表情をしてから、冷やしていた手を出して水滴を振り払う。聡い子だけあって、応利が配慮してこういう言い方をしていると理解しているようだった。
燈矢は、濡れた手のまま指先から炎を出す。だんだん上げていき、青くなったところでそれを維持しつつ水の中に戻す。途端に、高温にさらされた水が炎に触れるところでだけ蒸発し、気泡となって水面を泡立てる。
「…俺、応利とヒーローやりてぇ」
そして、ぽつりと、しかし先ほどとは違い上向いた声でそう言った。端正な横顔は少し照れている。
「…そっか。じゃあ、エンデヴァーさんの事務所で待ってる」
「早く独立しろよ」
「いやまだ高校も卒業してねぇから…」
しばらくエンデヴァー事務所に籍を置く予定のためそう言えば、燈矢は嫌そうにする。まだ独立など先の話だと呆れて言えば、燈矢も気が早いと分かっていたのか小さく笑った。