君は最初から
●主人公が個性事故で幼児化する話
時間軸など難しいことは考えないでください
「なんだって!?灯水君が通りすがりの普通科の人の個性に巻き込まれて幼児化してしまっているだって!?!?」
「状況説明にもってこいなリアクションありがとう飯田君…」
メガネが飛び上がらんあかりに驚く飯田に苦笑する緑谷。本来なら緑谷も落ち着いていられないような状況だが、解決のめどが立っているため今は平静だった。
寮の共有スペースのソファー、そこにちょこんと座るのは5歳になるかどうかといった年齢の轟灯水で、その周りで嬉々として取り囲むのはA組女子、その周りで面白そうに眺めているのが男子たちだ。
今日、緑谷と灯水が廊下を歩いているところ喧嘩に出くわし、その渦中にいた普通科の生徒の個性が、止めに入ろうとした灯水にかかってしまったというのが経緯である。相澤に報告した際には頭を抱えていたが、その生徒いわく今晩には戻るとのことなので、特に心配しているわけではない。
今も、A組はレアな灯水の姿に興味津々で取り囲んでいるところである。
「ひゃあ〜可愛い!灯水君、今も笑った顔とか愛嬌あるけど、小さいとほんとただの天使だねぇ」
「本当に愛らしいですわ!」
幼児となった灯水のふっくらとした頬やぽかんとした表情に顔を赤らめている麗日や八百万、その後ろで「おいらだってほぼ幼児のそれだろ…」と歯噛みをする峰田とそれを笑う瀬呂など、基本的には予想通りの反応である。
ただ中には、緑谷が引くくらいのリアクションを示す者たちもいた。
「切島、そっちどうだ」
「上からのアングルはばっちりだぜ、上鳴は?」
「俺の角度からだといい感じにほっぺの感じが愛らしさマックスだな。尾白は?」
「安定の動画だからあんま喋んな」
「さーせんした」
ガチ勢である。
切島と上鳴は面白おかしく騒ぎそうなところを、真剣そのものの表情でスマホを弄り、尾白は動画撮影のためにプロの顔をしている。
そして最もひどいのは、誰もの予想通りの人物。
「……尊い………」
「轟君の語彙が死んでる…!」
緑谷の次点で優秀な成績の焦凍である。
灯水の隣に座り、逆に直視できないのか、顔を覆って天を仰いでいる。そんな気持ちの悪い焦凍のことは誰も気にしていない。A組のメンバーからすれば「だろうな」というレベルでしかないし、それくらい焦凍の双子兄への溺愛ぶりはクラスに浸透していた。
「ヤオモモ〜、もっと可愛い服着せようよ〜!」
「いいですわよ!何にいたします?」
そんな焦凍を放っておいて、女子はさっそく着せ替えをしようとはしゃぐ。今は八百万がとりあえずで作った普通の子供服を着ている。葉隠がもっと可愛いものをと女子らしく提案すれば、乗り気の八百万に芦戸がスマホを見せる。
「こういうロリ系もあり!」
「いや、ここは王道に幼稚園の制服でしょ」
そこへ耳郎も加わり、あえての制服を提示すれば、ぐっと女子たちは顔を見合わせて頷いた。
そして八百万はさっそく、凝山の私立幼稚園の制服を検索して創造してみせた。その間、焦凍はいっさい関わっていない。女子の行動力の前に役に立たなかった。
そうして八百万が作った制服を灯水に持たせると、幼稚園の制服の記憶はあるらしい灯水はおとなしく着替える。皆に見られていても気にしないのが幼児らしさを感じさせた。「見てはいけない気がする」と障子や常闇が目を逸らすと、それを瀬呂が「逆にそっちのがやべーよなんか」と呆れた。
灯水はその間に着替え終わると、律儀にソファーに戻った。
短パンに白シャツ、サスペンダーに制帽という典型的な私立の金持ち幼稚園らしい制服は、その堅苦しさが愛らしさを引き立てる。女子たちは互いに固く握手を交わした。
ここにきて、ようやく焦凍は灯水を直視する勇気を持てたらしい。隣に座る灯水に目を向けると、視線を感じたのか灯水も見上げた。焦凍が隣にいることは分かっていたようだが、顔を覆っていたため、その火傷跡には今気づいたようだ。
灯水はハッとすると、ソファーの上で立ち上がり、焦凍の足の間で向かい合う様に立つ。それでも、灯水の視線はやっと焦凍の視線と同じくらいの高さだった。
そして、灯水はその小さくまろやかな手を焦凍の火傷跡に触れさせる。恐る恐るといった感じの仕草に、焦凍がくすぐったそうにする。
「…もう、いたくない?」
「っ!」
心配そうに目じりを下げて、まるで自分が痛いかのように言う灯水。いつだってそばで支えて、焦凍を1人にならないようにしてくれた、母のことで焦凍がどん底まで落ちないようにしてくれた、灯水の純粋な優しさだ。色々なことを知って成長した今だから、焦凍は改めてその優しさに触れて、込み上げるものを感じる。
「ぼくがいるよ」
そう言って、灯水はもう片方の手で焦凍の髪に触れた。白い方の髪を左手で撫でたあと、火傷跡にあった右手を赤い髪に触れさせる。その二色をめぐる様々な葛藤も苦しみも、灯水はこんなにも小さいときからずっと、受け止めようとしてくれていた。
焦凍はその小さな両手をはるかに大きな手の平で包む。今だから分かる、今だから言えることがある。
「…ありがとな、灯水。俺は、お前のおかげで、笑えんだ。ずっと俺のこと、守ってくれて、ありがとう」
「ううん、だってぼく、お兄ちゃんだから」
そう笑う灯水を、焦凍はそっと壊れ物のように抱き締める。個性が解けると幼児化していた間の記憶はなくなるそうだが、それでいい。焦凍には、今の灯水にできることを、これからもずっと、最も近いところでしていくつもりだからだ。
様々なことを知っているA組、そして更に詳しく事情を知る緑谷や切島たちも、そんな双子の静かな会話を見守った。