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ぼんやりとする灯水を右腕で支えながら、焦凍は右側の体温を大きく下げて熱を吸収する。おかげで、廊下を歩いている間は灯水がくしゃみをしても氷結が出ることはなかった。
歩きながら、焦凍は灯水がここまで個性を暴発させるのも久しぶりだな、と気付く。
この個性の暴発は、基本的に、メンタル不調と個性の使いすぎが同時に発生した場合に起こる。強い精神的なショックで個性が暴走するのは広く起こることだが、灯水の個性は二つの個性を調節して発現させることが多いため、オーバーワークでも起きる可能性が高くなる。その場合、メンタル不調は比較的軽度であってもトリガーとなってしまう。
恐らく、八斎會との戦いでサーナイトアイが殉職し、その後灯水が訓練やトレーニングを増やしていたことが原因だろう。ナイトアイのことはかなり立ち直り、もう気に病む姿も見られなくなっていたが、どこかトレーニングに打ち込む姿は無理しているようでもあった。
一番近くにいながらオーバーワークを指摘できなかった焦凍の落ち度とも言える。
やがて、ミッドナイトが手配してくれたグラウンドαに着いた。本校舎に最寄りの場所で、ロボットがベッドを中央付近の住宅に用意してくれている。
指定された家に入ると、簡素なハリボテの建物ながら、一階のリビングを模したような部屋にはぽつんとベッドが置かれていた。
そこに灯水を横たえると、焦凍もその左側に横になる。個性で冷やすためだ。
「大丈夫か、灯水」
「……、うん、いや、ちょっと……ヤバいかも……」
灯水はそう言って息を吐く。水蒸気が混じって白い靄が出て来た。
熱によって魘されているような状態の灯水は依然としてぼんやりとしていて、冷たい焦凍の腕にすり寄る。
ふと、ベッドサイドの机にスポーツドリンクのペットボトルがいくつか並んでいるのが見えた。いつの間にかロボットたちが持ってきて、去って行ったらしい。
「灯水、スポドリ飲めるか」
「……いらない………」
いるかどうかではなく飲めるかどうかを聞いた焦凍だったが、飲めなさそうな様子を見て、ペットボトルを1本手に取る。
そして、蓋を開けて中身を口に含むと、灯水に口づけた。風邪ではない、いやある意味では双子にとってこれは風邪なのだが、感染するものではない。
焦凍の口から注がれる液体を、灯水は必死にこくり、と飲み込む。
「…っ、けほ、」
「がんばったな」
なんとか飲み込んだ灯水の頭を撫でる。灯水は少し嬉しそうに笑うと、焦凍の腕に額をつけた。体温が下がりつつあるのか、そこまで熱く感じない。
やがてしばらくすると、次第に灯水の体温はさらに下がり、平熱を下回った。今度は個性が冷却の方に暴発しているらしい。
焦凍は灯水の右側に移動して横になると、左側の個性を使用した。こうして灯水の横を移動して、常に体温の調節を繰り返すのだ。
灯水は自らの個性による寒さに震え始め、ぎゅ、と焦凍に抱き着く。その冷たさは氷のようだった。意識は依然として曖昧な様子で、冷たい息を吐きながら震える姿は先ほどよりもつらそうだ。
「…、しょうと、」
「ん?どうした?」
すると、灯水が焦凍の左腕を抱き締めながら小さく呼び掛けた。
「……ごめん、迷惑かけて、ごめん、」
「灯水……」
そして、魘されたように灯水は「ごめん」と繰り返した。今の関係性になってから、だんだん灯水の焦凍に対する遠慮がなくなってきたと思っていたが、灯水はまだ、大事な部分を完全に預けることを躊躇っている。当然だ、10年に渡って灯水は焦凍のために生きてきて、それを焦凍や家族に見せないようにしていたのだ。
「迷惑なんかじゃねえ。灯水に頼られんのは嬉しい。もっと頼ってくれ、頼むから」
自分の不甲斐なさを感じて、焦凍は手を強く握り締めるが、灯水は焦凍の言葉に動きを止める。とりあえず謝ることはやめてくれたため、焦凍はもう一度スポーツドリンクを飲ませようと体を起こす。
しかし灯水は焦凍にしがみつくように抱き着いてきた。
「っ、灯水?」
「………いかないで、」
そうして絞り出すように言った、小さな小さな言葉は、灯水がなんとかといった面持ちで表した願望にしては、あまりにささやかなものだった。
そんなことすら気軽に言えない灯水を、焦凍は、何に代えても支えなければならないのだと改めて実感した。
「…どこにも行かねえよ。ずっと、そばにいる。灯水のことは、俺がずっと隣で支えるから」
「……ん、」
灯水は頷くと、抱き締める焦凍の胸元に顔を埋めた。その後頭部を撫でてやりながら、灯水がもっと楽に焦凍に寄り掛かれるような、そんなヒーローになろうと決意を新たにした。