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八斎會後
「あれ、灯水は?」
朝、教室に焦凍が入ると上鳴がそう聞いてきた。基本的に一緒に登校する灯水は、昨晩は自室で寝ると言っていたため、それから見ていない。
たまに早くに起きてランニングしてから一人で登校することもあったため、焦凍は今日もそういう日だろうと思っていた。
「いや、見てねえ。先に来てると思った」
「でも今朝は風呂で会わなかったぞ?」
上鳴といた切島が、ランニング後に風呂場で鉢合わせることが多かったようで、今朝は見ていないと答える。
「寝坊じゃね?朝よえーじゃん」
「いや、あいつは一人のときは寝坊しねえ。俺と寝てると気ィ緩むだけで、一人だったら起きんだが……」
なんだか様子がおかしい、と思っていると、焦凍の後ろからひょっこりと灯水が姿を現した。
「おはよ……」
「お、灯水、どうした?」
すかさず焦凍が尋ね、上鳴と切島も様子を見て怪訝にする。どこか、灯水の様子が変だった。
「……や、特になんでもない、ちょっと寝坊しかけた」
ぼんやりと答えた感じは、寝ぼけているともとれる。切島たちはそれ以上は気にしないことにしたようだ。
焦凍は訝しみながらも、相澤の気配を察知して灯水を席に向かわせた。
そうして授業が始まったときだった。
いつも通り、ミッドナイトの現代文の授業を受けていると、灯水がくしゃみをした。
それだけならどうということはなかった。だが、焦凍と灯水は滅多なことではくしゃみなどはしない。埃に反応することはあるが、体温を調節できる二人は風邪など引かないし、寒さでくしゃみをすることもない。
灯水がくしゃみをしたというだけで異常だ。
さらに、なんとくしゃみをした途端、灯水の机が凍り付いた。パキ、とノートが凍り付く音が響き、全員の視線が向く。
「あら、あなた風邪引くの?」
ミッドナイトは特に動じることもなく教壇で首を傾げた。
「いえ……引かないで、ひっくし、」
もう一度くしゃみが出ると、さらに氷結の範囲が広がり、隣の席の障子が「大丈夫か」とさすがに声を掛ける。
それに返すこともできず、灯水がくしゃみを繰り返すと、ついに氷結は窓に達して、窓ガラスが鋭い音を立てて割れた。
教室に響くガラスの割れる音に、ついにミッドナイトは「ちょっと、」と灯水に寄ろうとする。
「待ってください」
そこに、焦凍が声を掛けて立ち上がった。もしかして、と思っていたことが当たってしまった。
焦凍は後ろの席から前に歩き、全員の視線を集めながら灯水の額に手を当てた。
事前に右手に霜を下ろして温度を下げていたが、それでも、額に触れた瞬間ジュッという音とともに蒸気が上り、焦凍は咄嗟に手を引っ込める。
「灯水、聞こえるか?分かるか?」
「…、しょーと、」
「…ミッドナイト、灯水は個性が軽く暴発してます。個性の使いすぎとか、色々条件が重なると、体温が上がりすぎて個性が勝手に体を冷やそうとするんです」
「なるほど、最悪の場合は?」
「なんの弾みで最大出力の氷結が出るか分かりません。そうなると、校舎や寮が半壊、いや、氷結だけなら俺より強い、本校舎すら全壊させかねねえ」
体育祭でスタジアムを覆った焦凍の氷よりも、灯水の方が発現できる氷結の体積が大きいため、校舎を破壊しかねなかった。
風邪にしてはバイオレンスすぎる灯水の状態を知ってクラスはざわつくが、やはり、ミッドナイトは冷静だ。
「対処法は?」
「俺が常に灯水のそばにいて体温を外から調節することです。そうすりゃ、個性が体温を下げようとする働きを抑えられる。一日もすりゃなんとかなります」
「そう。じゃあ、グラウンドαを一つ閉鎖するから、その真ん中あたりの家でそれをやってちょうだい。ベッドは手配しておくわ、建物はもぬけの殻だしね」
迷いのない采配はさすがのプロだ。ミッドナイトは携帯で連絡をとり、焦凍は灯水を立ち上がらせて廊下へと向かった。