非円満人質ライフ


●「神野の悪夢」
ヒーロー突入前日の拉致された2人




荼毘の精神攻撃は、爆豪の咄嗟のフォローによってなんとかしのぐことができた。
もし敵に成り下がれば、灯水は焦凍や大事なA組のメンバーを殺すことになる。そう教えてもらい、灯水は何とか平静を保てたのである。
何かが解決したわけではないけれど、まずはこの状況を打破して脱出することが先決だ。雄英と警察が何か対応を打つだろうが、それまで灯水は自身で自分のことを守らなければならない。

しばらく、2人は無言で部屋の中で過ごした。荼毘が出て行った後の部屋は窓すらなく、爆豪は両腕を拘束されているため個性を使えない。灯水も何か行動に出るわけにいかず、結局何もできないまま時間だけが過ぎていく。
もともとそんなに話す間柄でもない、気まずいというわけではないが、同じ誘拐された身ながら特に会話もなかった。

そうして沈黙だけが部屋を支配する空間に気が狂いそうになっていると、がちゃりと扉が開いた。

灯水も爆豪も一気に警戒レベルを上げる。
威嚇するように扉を見ると、荼毘が両手にパンを持っていた。市販の菓子パンだ。


「おら、飯だ。こっちも色々忙しくてな、とりあえず今日はもうこれ食って寝ろ」


ひょいと投げられたパンは合計4つ。もう寝ろ、という表現からして夜のようだ。昨夜に合宿へ襲撃があったとすれば、丸一日眠りこけていたようだ。
意識すれば腹げ減っている。だが敵に渡されたものを食べるのには抵抗があった。


「なんもしてねぇよ、だから市販のモノわざわざ買ってきてやったんだろうが、感謝しろ」

「ハッ、長期戦ってわけか。ストックホルム症候群にゃかかんねぇぞ」

「あっ、そ。なんでもいいけど暴れんなよ。つか食えねぇか、灯水、ちゃんと食わせてやれ」


名前で呼ぶなと言ってやりたいが、とりあえずじっと見つめて表情を出さないことにした。爆豪はいつも通りだが、灯水は相手をいたずらに警戒させないためにも、精神的に危うい様子を見せて置く方が良いと思った。


「…なんだ灯水、もっと慰めて欲しいか?そうしてやりたいのはやまやまだが、俺もやることがある。明日可愛がってやるよ」


荼毘はなおもそう言うと部屋を出て行った。気持ち悪いこと言いやがって、と内心で思うが、とりあえず警戒させずに済んだのは良かった。
扉が閉まり、沈黙が落ちる。2人の近くの床に転がるパン。


「…どうする?」

「…たぶん食っても大丈夫だろ、市販だし、あいつらは俺たちを重要視してるからな」

「うん、それは分かってる…食べるのどうするってこと」

「……」


両手が塞がる爆豪。拘束されていない灯水。荼毘も言っていたが、爆豪が食べるには灯水が食べさせるほかなかった。


「…チッ、嫌なことこの上ねぇが食わせろ」

「人にもの頼む態度かそれ」


素直になれないのは分かっている。特にむかつきもしないし、ここで喧嘩している場合でもない。灯水は適当に菓子パンを手に取った。


「あ?コッペパンのジャム&マーガリンだ?んな甘いモン食えるかよ」

「マジでお前頼む気あんの!?」


灯水はさすがにむかついたので、コッペパンを空けると無理やり爆豪の口に押し込んだ。爆豪は拒否するが、思い切り手で押し込むと仕方なく爆豪は咀嚼した。嫌そうな顔に少し溜飲が下がる。


「ほら二口目だ」

「ざけんなしょっぱいのにしろ!」

「やかましいわ!」


そんな爆豪のことは無視して灯水は再びコッペパンを押し込む。嫌そうにする爆豪を押し倒すようにパンを口に押し当てると、突然扉が開く。


「飲みモン……なんでお前らの間でストックホルムしてんだよ」

「してねぇ!」

「してない!」


ドン引きしたような荼毘に、思わず叫んだ2人だった。


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