体育祭と2人の始まり


●体育祭



轟灯水とはどのような人間か。
爆豪はそう聞かれたときに、灯水のことを、この手の質問の対象としては考えづらい人間筆頭だと思う。

体育祭本戦の第3回戦、爆豪は灯水との戦いを終えて廊下を1人で歩いている。一筋縄ではいかないA組のメンバー、その中でも麗日と切島との戦いも面倒なことはあったが、灯水との戦いは正直爆豪にとって「負けた」と思った。
それは一瞬のことではあったが、氷結によって地面に縫い留められたとき、負けることが簡単にイメージできてしまったのだ。
思い出すだけで舌打ちが漏れる。

だからか、廊下を歩く中で頭に浮かぶのは灯水のことだった。今日1日だけで、灯水に関する印象は一気に増えたように思える。


まず第一印象。なんだあのメッシュ。以上。
当たり前だが外見的特徴などどうでもいい爆豪は、それ以上の感想など誰に対しても抱かなかった。
その日のうちに行われた個性把握テストでは、推薦組3人の圧倒的な実力を前に爆豪も息を飲んだし、その一角である灯水の個性の汎用性の高さに驚いた。
そして次に、屋内対人戦闘訓練。轟兄弟の対決に注目が集まった。おおざっぱな節のある焦凍と違い、灯水の方は頭がキレるのであろうことが窺える展開だった。

灯水の力を実感した最初の出来事は、USJ事件だ。倒壊ゾーンにて切島と2人で敵と戦っていた爆豪は、敷地全体に響き渡った爆音と、火災ゾーンを飲み込む水蒸気の煙を見て何事かと思った。
それを引き起こしたのは灯水で、「ちょっとやりすぎた」らしい。本人はその後、恥ずかしそうに体から蒸気を出して焦凍に隠れていたが、爆豪からすれば、あの一角を完全に吹き飛ばすほどの影響を周囲に与える個性に絶句するしかなかった。しかもそれを、こんな優男風のようなヤツがやったのか、という感じで捉えていた。

そう、その頃にはすでに爆豪は、灯水の貼り付けたような笑顔や愛想を振りまくだけの言動に気づいていた。周りはまだ分かっていないようだったし、焦凍は慣れているようだったので、爆豪くらいだろう。
なぜ演技をしているのか、裏があるのか、灯水に関しては驚きと分からないことが多く、いろいろな感情をひっくるめて面倒くさいヤツだという風に認識されていくようになる。


そして、今日。
爆豪の中の灯水の印象はがらりと変わった。

偶然聞いてしまった、焦凍と緑谷の会話にて、意図せずして轟兄弟の事情を知ってしまったのだ。
有名なヒーロー・エンデヴァーの息子である2人の過去は、身近な人間としては今まで経験したことのないタイプの話だった。
母親に熱湯をかけられた焦凍はもちろん、幼くして家族から顧みられなくなったにも関わらず「普通」な灯水の「異常さ」に、爆豪はしばらくそのあとの灯水の話への返答が曖昧だった。

そのため、流れでなぜか2人で昼食をとることになってしまったが、そこで爆豪はそれでいいのかと尋ねた。自らの人生をすべて弟のために捧げるその神経が理解できなかったからだ。
それに対する灯水の返答は、微妙に爆豪の意味するところと違っていた。本気で、灯水は自分の状況に、自らの考え方や生き方の異常さに気づいていないのだ。だから、それに疑問を抱いた爆豪のニュアンスに気づけなかった。

やはり面倒だ、そう思って爆豪はさっさとその場を切り上げたわけだが、そこで先ほどの戦闘。
これまで教室で見せていた仮面のような笑顔と紳士的な態度は鳴りを潜め、本気でこちらを倒そうとする真剣な目をしていた。
倒したい、爆豪がそう思うのに十分すぎるほど、灯水の勝利への意識とそれにともなう実力が、爆豪を湧き立たせた。

しかし限界がもともと近かったのだろう、最後の最後で灯水は力尽きた。爆豪としては、一瞬こそ負けたと思ったが、すぐ不完全燃焼のような感じになる。
一方で、緑谷と焦凍の戦闘を見てようやく爆豪の質問の意図に気づいたらしい灯水は、朦朧とする意識の中で、「何を間違ってしまったのか」などと呟いていた。最初から間違えていたことには、きっと気づいていたのだと思う。


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