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廊下を進むと、前方から焦凍が歩いてきた。爆豪は対戦相手であり、今考えていた人物の様々な気苦労の元凶でもある存在に、無意識に皺が寄る。
焦凍は爆豪に気づくも、特に意識を向けるでもなかった。そんな態度にもカチンときた爆豪は、つい焦凍に絡んでしまった。
すれ違う直前、爆豪は焦凍の目の前に長い足を突き出し、壁に突き立てた。進路を塞がれた焦凍は訝し気に立ち止まる。
「…なんだよ」
「…あのメッシュ野郎はどうした」
「…?心配してんのか」
「するわけねぇだろクソが!こちとら不完全燃焼なんだよ」
「…とりあえず、体温の自己調節は可能なところまで回復してる。灯水は大丈夫だっつってたし、あとは自己回復を待つだけだ」
「大丈夫、ねぇ…」
信用ならないことこの上ない。緑谷との戦いで吹っ切れたのかそうでないのか分からないまでも、どこか表情の違う焦凍は、灯水のことに気づいていない。
なぜか爆豪はそれにいら立ちつつ、無言で足を戻して廊下を進み始めた。焦凍はやはり疑問符を浮かべていたが、もはや焦凍に意識を向けていない爆豪に諦めたのか、自身も先に進んでいった。
***
元気だというのなら文句の1つでも言ってやろうと思って医務室にやってきた爆豪は、リカバリーガールが退室して誰もいない部屋で一人ベッドに横になる灯水に、呆れてため息をついた。
「…大丈夫、っつー言葉の意味知ってんのかこいつ」
どう見ても大丈夫ではなさそうな、苦し気な呼吸と汗。体温計が近くに転がっていたので電源を入れてみれば、直近の計測値、つまり灯水の体温が43度だったことを示していた。
さすがにこうした爆豪の挙動には気づいたらしい灯水は、目を開いてこちらを見上げる。
「…あれ、爆豪君……?」
「てめぇは自分のことも分かんねぇのか。半分野郎に大丈夫なんて言っておいてこのザマかよ」
「あー…返す言葉もないかな…」
つらそうにしつつも存外言葉ははっきりとしていた。回復してきているのは事実なのだろう。だが、明らかにまだ「大丈夫」なラインではない。
さらりと、白髪にひと房の赤い髪が揺れる。その色違いの瞳も、水分量が多い。だが、涙目であることだけでは説明がつかない瞳の揺れ方をしているようにも見えた。
緑谷と焦凍の戦いに影響を受けたのは、双子両方ともなのだ。
「あの弟なら、甲斐甲斐しくずっとベッドの側についててやりそうなモンなのにな?」
「…俺が何も言わなければ、そうしてたと思う……これからまだ戦うんだ、休んで欲しい…」
「ハッ、自分より優先するなんざ殊勝なこって」
「…それが、俺の生きる基準だったから」
「あいつはもう一人で歩き始めたのにか?」
ずばりと言ってやると、灯水は爆豪に向けていた「余所行き」の苦笑を引っ込めた。真顔というか、虚を突かれた表情になり、咄嗟に灯水は顔をそむける。
そんな様子を見て、なぜか爆豪は溜飲が下がるような、変にすっきりとした気分になった。
「…はっきり言うね」
「事実じゃねぇか」
「まあ、うん、その通り……俺は、もう、焦凍を守る、なんてことを目的に生きる時間は、ほとんどないんだろうね…でも、俺には、焦凍のために生きる以外の意義が、わかんない……俺が俺じゃなくなるみたいだ」
「うぜぇ」
何をぐだぐだ言っているんだと爆豪はばっさり切り捨てた。
あれだけ爆豪のことを追い詰めて置いて、これだけ汎用性の高い個性を持っていて、双子とはいえ他人のために生き抜く強さを持つくせに、灯水が救けることができる何万という可能性の1つにも気づかない。
そんなことを言ってやる義理のない爆豪はそれ以上は言わなかった。
「…はは、いっそすがすがしいね」
そんな爆豪の態度に、灯水は怒ることはなかった。だが、余所行きの笑顔を浮かべることもなかった。
ただ、少しだけ、どこかホッとしたような、そんな気の抜けた笑みを浮かべていた。普段は見かけない柔らかなそれに、やはりなぜかすっきりとする爆豪だった。