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灯水は呆れつつ、すぐ傍の爆豪の太い腕に頬を寄せる。爆豪も灯水の毛先を弄るように頭を軽く撫でてきた。口はいつも通りすこぶる悪いのに、手つきはひどく優しい。
「…良かった、俺でもいいんだ」
「……そこらの女より、テメェがいいンだよ。分かれや」
「分かるように言ってくれてありがと」
爆豪にしてはストレートな言葉は、言葉に傷ついて怯えてきた灯水に対して、大事なことは迂遠に言わないようにしようという爆豪の配慮を感じさせる。そういう細やかな気配りは、がさつに見えるこの男の分かりづらい優しさの発露だ。
礼を述べた灯水に「フン」と鼻を鳴らし、爆豪は体を起こす。いい加減時間も遅い、互いに飲み物を取りに来ていたようだったため、それぞれペットボトルを回収してからエレベーターに向かう。
灯水が降りてきた箱は1階に留まっていたため、すぐ扉が開き、煌々とした光が二人を照らす。暗闇に慣れた目には眩しく、二人して目を細めながら乗り込むと、爆豪は4階を、灯水は5階を押す。
エレベーターが上昇を始めるとすぐ、灯水はすぐ右隣の爆豪の左手を握りながら、左肩に顔を埋めるようにして預ける。
「ンだよ」
「…俺も、もっと近づきたいって思ってるよ。その、そういう、意味で…」
勇気を出してはっきりと口にしてみると、爆豪は息を飲んで固まる。
そう時間も経たないうちに箱は減速し、4階に到着して扉が開く。廊下の暗闇を照らす光の下で、爆豪は灯水の手を強く引くと、廊下に出てしまった。
背後で扉は閉まり、誰も乗せていない状態で5階へと上がる。
一方、暗闇に戻った廊下で、爆豪は灯水を壁に押しつけた。リビングより明かりは少ないが、消火栓と非常口の赤と緑の明かりがほのかに二人を照らす。
壁に凭れさせられた灯水を閉じ込めるように、爆豪は両腕を壁についた。より至近距離になった爆豪の瞳は、暗闇の中であっても、灯水をしっかりと捉えている。
ほとんど真っ暗に近いような夜の廊下で、視界のほとんどを爆豪の顔が占めて、顔の両側を逞しい腕に遮られていると、まるで完全に爆豪によって檻の中に閉じ込められているかのようだった。そこは、牢獄などではなく、牢獄のような状態だった灯水の心を解放してくれた、世界で一番安心する相手のごく狭いパーソナルスペースだ。
そして、爆豪はさらに顔を近づけて、灯水の耳元に口を寄せる。
「週末、覚悟しとけや。お前の全部、俺のモンにしてやる」
「っ、うん…」
耳からダイレクトに脳に響く、低く濡れたような声に、すでに灯水は体から力が抜けてしまうような状態だった。思わず縋るように爆豪の背中に腕を回し、再び肩に顔を埋める。
後頭部を撫でる手つきすらもぞわりとしてしまい、灯水は息を詰めたが、爆豪は小さく笑う。
「今からそんなんで大丈夫なんかよ」
「…駄目かも」
「ま、どっちにしろ責任はとり殺してやる」
最後にそう言って、爆豪はもう一度軽いキスを落としてから、自分の部屋へとあっさり帰って行った。
ここで灯水を部屋に送るようなことをしないのは、灯水を女扱いしているわけではなく、灯水を守るべき相手と思っているわけでもないからだ。
爆豪の一挙手一投足から灯水への気持ちを感じられて、灯水はずるずると壁に体を預けながらしゃがみ込む。
「あー…絶対隠せない、好きすぎて絶対バレる」
そんな情けない独り言は、暗闇に溶けていった。
その後、案の定翌日から距離を取れなくなった灯水と強引に距離を近づけてくるようになった爆豪が衝突するかのように傍にいるようになったことで、薄々勘付いていたクラスメイトたちは確信し、晴れ渡る9月の日差しのもと、二人の関係は白日の下にさらされることになるのだった。