4
そうやってただ相手を殺すことに集中していたが、しだいに南シベリア共和国の軍隊が直接介入を開始するようになると、孤軍奮闘を強いられるフェルガナ共和国軍は押されていった。
特に、救国戦線軍は瓦解してしまい、シオンは所属する組織を失ってしまった。
このままでは、敵国に従っていたということで逮捕されてしまう。そこでシオンは、軍が崩壊する直前に、基地から拳銃と大量の弾薬、食料をくすねて脱出した。国の中央部まで来ていたので、そこから西へ踏破することにしたのだ。
母が縫ってくれたリュックは健在で、保護地区での強制労働や、奴隷としての日々や、戦闘で相手を殺す中で、母が命がけでつくってくれたパスポートの存在だけがシオンにとっての救いだった。母がどこでどうしているかは分からないが、シオンは母に言われた通り、生きねばならない。
たとえ人を殺めてでも。
砂漠の道を、何枚も毛布を被って、自転車やバイクを盗んで進んだ。ときに車を盗むこともあった。
食料を確保するための窃盗はもちろん、拳銃で脅すこともあった。相手が拳銃で応戦してくれば、個性を使って相手の動きを読んで戦い、足など撃つことで戦士喪失させて食糧を奪った。
殺す覚悟ではいたが、殺さなくてもいい場面ばかりで、結局戦争中以外は殺さずに過ごすことができた。
そうしてシオンはついに、ソグディアナ共和国の西の国境へとたどり着き、そこから隣国のホラズム共和国に入った。
ホラズム共和国は現在、内戦が停戦して国連の平和維持活動の作戦下にある。武力衝突は終わって、国は平穏を取り戻し、PKOによる平和プロセスが着々と進んでいた。
銃をあらかじめ捨てていたシオンは、検問で日本の旅券を見せて、ソグディアナ共和国の難民として日本への移住をしたい旨を伝えた。
それはPKOに参加していた日本の自衛隊を通して素早く日本政府に伝えられ、1か月の審査を経た。しかし、シオンの旅券は雑な発行のされ方だったために効力を認められなかった。
だが幸運にも、日本による支援プログラムの一環として、身寄りのない子供の日本での保護が行われていたこともあって、それに参加することになった。効力はなくとも、日本には母の知り合いがいる、また申請すれば何とかなると外交官に伝えられた。
こうして、シオンはNGOによって、無事に日本へと脱出したのだった。
***
羽田空港国際線ビル、到着ロビー。
NGOに連れられた難民の子供たちは、メディアのフラッシュを浴びながら入国し、ロビーで待つ引受人のところへ向かった。
ほとんどの子供たちは英語もぎりぎりといったところで、日本語など話せるわけもなく、日本の外国人支援団体の仲介で紹介された施設へ入居する。
しかし、シオンは特殊だった。効力はなくとも情報としては有用だったパスポートによって、シオンの母の知人が里親としてシオンを迎えることを告げてくれたからだ。日本語を喋れることや、母が日本人であることも幸いした。
それによって、シオンは切島家というところへ引き取られることになっている。
ロビーに集まって紙を持った人々を見渡す。
すると、「切島(Kirishima)」と書かれた紙を持った女性が目に入った。
その隣には長めの黒髪に筋肉質な体格をした同い年くらいの少年の姿もあった。
「切島さんですか」
「あ、あなたがシオン君ね!」
女性はパッと顔を輝かせて紙をしまった。少年もこちらを見てニカリと人好きのする笑顔になる。身長は170センチくらいだろうか、シオンより5センチ以上高いと思われる。
「シオン・S・ギマゼトディノワです」
「すっげー名前!俺は切島鋭児郎、よろしくな!」
まったく邪気のない笑顔は、久しく見ていなかったもので。そういうところでも、あぁ、日本に来たんだな、と感じたのだった。