此処にましませ 狐狗狸さん−6


光が収まると、フェンスには男が寄り掛かるようにして倒れていた。焦凍より少し高いくらいの背丈で、グレーの着物に深い紺色の髪をしていた。

応利が駆け寄ると、呻きながら神使は意識を覚ます。


「大丈夫ですか!?」

「…お、れは……いったい……」


前髪をかき分けてやり、視線を合わせる。整った顔立ちはぼう、と応利を眺めたあと、背後の2人に「ヒッ」と声を漏らした。応利は振り返り、「おい睨むな」と窘めた。


「いらん迷惑かけやがって」

「あんま近づくな応利」

「大口真神に稲荷神の神使…それを従える例の神官の子……俺は……俺の分際で……」

「クソネガティブじゃないですか……お名前を聞いても?」


やたらネガティブな神使は、応利から視線を逸らすと、「環、」とだけ答えた。随分下級だと自分を卑下しているが、あの勝己と焦凍をここまでさせたのだ、動物神の神使とはいえかなりの強さだった。


「すまない……傷付けてしまったんだな。堕ちていた間の記憶がなくて……」

「ハッ、神使の名折れだな」

「その通りだ…墜ちるレベルの神使なんて……」

「やめろ勝己」

「そいつの認識通りだろが。どうせ廃れた神社で堕ちたんだろ」


勝己は物理的な高低差で思い切り見下し、環はその通りだとボソボソ言っている。


「俺なんて……いっそ……」

「滅しても良かったなァ?」

「勝己、『伏』」

「うおっ、!?」


応利が命じれば、勝己は思い切り地面に倒れた。犬にやるような伏せの姿勢にさせられ、勝己は人を殺しそうな眼光で睨んでくる。


「応利てめぇ!」

「おお、ほんとにできんだな」

「お似合いだぞマルチーズ」

「犬じゃねェっつってんだろクソ狐!!」

「黙るチーズ」

「死ねッ!!」

「焦凍、『黙』」


煽り散らかす焦凍を黙らせると、その口元がキュッ!と閉じた。勝己は地面に伏せながら鼻で笑う。
応利は静かになったところで、環に向き直った。


「しばらく俺の神社にいてください。無駄にでかいので、合祀くらいできます」

「きみは……優しいな。敬語はいらない、気安くしてくれ」

「あ、ほんと?みんなそう言うからもういいかなって思ってた」


順応の速さに環は苦笑した。綺麗に笑うのだな、と思っていると、環は立ち上がる。やはり背が高く、少し見上げた。
そして環は、ゆっくりと応利を抱き締めた。


「へっ、」

「俺を助けてくれた恩も、迎え入れてくれる恩も、永劫に忘れない。俺は堕ちてしまったような碌でもない神使だが、応利君、君のことを守らせてくれ」

「おいざけんな!ホイホイ招きやがって!」

「だめ、だろうか」


環の捨てられた子犬のような目に、後ろの猛犬にはない健気さを感じて、つい応利は頷いた。ガウガウと勝己はひれ伏しながら騒ぐが、環はいずれにしても神社に招くつもりだった。


「ありがとう。一生大切にする」


自分を卑下し子犬のような目をしたくせに、そうした言葉は真っ直ぐだ。キザに思えないのは、環の清廉な空気感と、こういう言葉を言うときの精悍な表情のためだ。

また騒がしくなりそうだったが、結局、ピンチで必ず守ってくれる焦凍と勝己を贔屓してしまうのだろう。それは言わずに、応利は勝己と焦凍の命をすべて解き、消防や警察のサイレンが響き始めた夜の空気をいっぱいに吸い込んだ。


***


翌日、神社に上鳴と瀬呂が尋ねてきた。学校は竜巻による損壊として警察に処理され、復旧するまで休校となっている。
あのあと、上鳴と瀬呂はそれぞれの家にこっそりと運んだため、2人は夢かと思ったらしい。


「夢の方が、楽かもよ」


もう事件は解決されたのだ、それでもいいだろう。幸い怪我もなかった2人は確かに信じられないような面持ちだったが、やがて首を横に振った。上鳴は苦笑しながら口を開く。


「いや、勿体ねえから、いい」

「勿体ない?」

「俺もそう思うわ。せっかく圧気と仲良くなれたしな」

「そうそう。それに、まだ礼もできてねえしな」


なんと2人は、あんな目に遭っていながらそんなことを言ってきた。避けられると思っていた応利は、驚きで目を見張る。


「俺も瀬呂も言ったろ、お前を信じるって。もうあんなのは懲り懲りだけどさ、今度は普通に遊びに行こうぜ」

「肝試し以外でな」

「…ふは、分かった。じゃあ俺ん家で恐い話大会でもするか」

「「絶対やだ!!」」


声を揃えた2人に、思わず噴き出すと、上鳴と瀬呂も笑い出す。
ひとしきり笑うと、上鳴は咳払いをした。


「んんっ、っし、じゃ、いったん帰るな。今度なんか奢るわ」

「礼にタピオカ奢るな」

「…ん、さんきゅ。楽しみにしてる」


鳥居を出て帰って行く2人に手を振ってから、応利は本殿の方を振り返る。そこには、勝己と焦凍が立っていた。お礼なら、応利から2人にも言わねばならないだろう。

応利は参道を駆けると、助走をつけて2人に抱き着いた。さすがの2人もそれには驚いたらしい、応利を抱き留めて支えつつ後ろに倒れ込んだ。


「っにすんだ応利!」

「どうした?」

「……助けてくれてありがとな。お前らがいてくれて、良かった」


ぐっと2人の肩に顔を押し付けて言えば、勝己は後頭部を、焦凍は背中を撫でた。

いつもそばにいてくれた勝己、応利に見えない世界を気付かせてくれた焦凍。2人のおかげで、応利は、1人ではなくなった。

2人が此処にいてくれる限り、応利は、どんな恐怖にも立ち向かえるような気がした。


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