此処にましませ 狐狗狸さん−5
結界を張ってから応利と焦凍も屋上へ駆け上がる。くらりとしたがなんとか上りきり、屋上の扉を開く。
途端に、猛烈な風が吹き付けてきた。
「うっ、わ!」
「応利っ、」
後ろから焦凍が支えてくれなければ階段を落ちていた。なんとか目を開けると、勝己が上鳴たちを庇う結界を張りながら、必死に爆発を放って羽ばたく神使に攻撃していた。屋上のフェンスは歪み、アスファルトには亀裂が走っている。
「ッ、焦凍、『祓』!」
焦凍に指示を出すと、聖なる氷結が屋上を伝い上空の神使に向かうが、その羽が鋭利に尖ると、氷を粉々に砕いた。勝己の爆発は風によって届かない。
それならば接近しようと、焦凍と勝己は飛び上がって神使に向かうが、神使はかまいたちのような風を吹き付け、2人を吹き飛ばした。勝己と焦凍はそれぞれ反対側のフェンスに叩きつけられる。
「勝己!!焦凍!!」
応利は駆け寄ろうとしたが、それより先に神使はこちらに素早く飛んできて、そして応利を地面に押し倒した。衝撃が内臓に走って息が止まる。
「ッ、ぐっ……!!」
真っ黒な神使は体長にして5メートルはある。そこから生えた腕が応利を押さえつけ、身動きを取れなくする。
霊力は体液であればいい。しかし、それは唾液などでなくてもいい。
神使は尖った羽の切っ先を応利の腹に向けた。生きたまま内臓を掻っ捌いて、肉ごと血液を啜るつもりだ。
応利は腕を押さえられているため、鎖骨に指を当てられず指示が出せない。勝己は自由行動を許可しているが、まだ動けなさそうだった。
冷や汗とともに、その切っ先にゾッとするような恐怖心を抱く。声も出せず、思わず目を瞑った。
その瞬間、突然空気の吹き付ける音が響いた。何かと目を開けると、なんと上鳴が消火器を噴射していた。見えていないが、応利の様子からのし掛かられていると分かったのだろう。白い粉末は応利には掛からず神使に付着し、意図せずしてその形を上鳴たちにもあきらかにさせた。
さらに、瀬呂はその白い部分に箒の柄を槍のように突き刺した。刺さりこそしないが、何度も突いていく。
「おらっ!クソっ、圧気から離れろ!!」
「圧気!今助ける!!」
見えないはずで、恐ろしいはずなのに、2人は懸命に戦おうとしてくれている。校舎に入る前、「心配する」と言ってくれたのは、本当だったのだ。
神使は鬱陶しく思ったのか、尖った羽を2人に向ける。応利は声を振り絞って叫んだ。
「逃げろ…ッ!!」
しかし羽は勢いよく2人へ向かう。やめろ、と叫べていたか分からない。だが次の瞬間には、2人は勝己によって突き飛ばされていた。2人がいた場所で羽が空を切る。
さらに勝己は、手の平から爆発を起こして応利の上から吹き飛ばした。神使は反対側のフェンスに激突する。
勝己はそのまま応利のところへ来ると、上体を起こした応利の唇を強引に奪った。舌が荒々しく侵入し、唾液を貪られる。
「ふっ、ん、…!」
驚いて晒された逞しい肩に手を添える。燃費のいい勝己すら、応利の力を直接的に必要としていたのだ。
キスを終えると、勝己は耳元で低く囁く。
「てめぇが守りてぇモンは、俺も守ると決めてた。でもあいつらは、お前を守ってみせた。それに免じて、全力出してやる」
「か、つき……」
「九字は分かるな。俺とクソ狐に切れ」
「……分かった」
応利は立ち上がり、フェンスから起き上がる神使と向き合う。焦凍もようやくこちらに合流し、応利の前に勝己と焦凍が並んだ。
「焦凍、勝己、頼む」
「いつでもいいぞ」
「はよしろ」
応利の後ろには、突き飛ばされた衝撃で気を失った上鳴と瀬呂が倒れている。絶対に守ると決めたのだ。
そしてあの神使も、堕ちたからといって消し去るわけにはいかない。悪化した部分だけを祓わなければならなかった。鋭児郎のように、応利は、助けられるのなら人であろうとなかろうと助けたかった。
「今、お助けします」
小さく呟くと、勝己は呆れたように溜息をついた。この期に及んで神使を助けようとしていることに呆れているのだろう。
そして応利は、右手の人差し指と中指を揃えて立てると、勝己と焦凍に向かって九字を切る。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
1文字ずつ述べながら、左から右、上から下というクロスするような動きをずらしながら繰り返し、格子模様を空中に描く。
九字を切ると、左手の人差し指と中指を立てて他の指を曲げ、その曲げた空間に左手の人差し指と中指を揃えて差し込む。まるで忍術のようだ。その状態で、2人に命じる。
「破邪祓滅・六根清浄・急急如律令!」
すると、2人の正面に五芒星が浮き上がった。金色に輝くそれに向けて、勝己と焦凍は手を翳し、勝己は爆破を、焦凍は炎を五芒星に放った。
それらは五芒星を通じて光線となり、神使を直撃した。カッと眩く光ると同時に、真っ黒な影が吹き飛び霧散していくのが見えた。