永遠の夜−1


環がファットガム事務所にやってきてインターンを始めたのは2年生のときだった。幼馴染みのミリオに支えられながら雄英に進学し、振るわない成績を必死に伸ばして、そうしてやっと、推薦をもらったこの事務所にやってきた。
常に自分に自信がない環にとって、ファットは少し明るすぎて、そのノリについて行けないことや、変に持ち上げられて困ってしまうことも多かった。

しかし、環の主な担当をしてくれている応利は本当に環が精神的にきついときはファットを止めてくれたし、ヒーローとして教えるときには淡々と必要なことを必要な分だけ教えてくれたため、環も気負わずに接することができた。もちろん、応利もよく環に対してネガティブなことを言うなと言ってくるが、ファットのようにでかい声で指摘してくることはなく、どちらかといえば「しょうがないな」というような態度でいてくれていた。

夏にインターンを初めて半年ほど経った冬の日、環の個性や戦い方もすっかり事務所に慣れて、きちんと戦力としてカウントされるようになった頃だった。


いつも通り応利と二人で夜のパトロールをしていると、環を「サンイーター」として知るようになった商店街の人々から「応援しとるで!」といった声をかけられるようになり、環は萎縮していた。
白いフードを目深に被り、周囲の視線を排除するようにうつむく。代わりに応利が返してくれていた。きっとミリオだったら、何か面白い返しをして笑わせていただろうし、ファットは生粋の大阪人であるためそんなことは呼吸と同じだろう。応利もこの街のそういうところには慣れているようだった。
雄英体育祭で3年連続1位という圧倒的強さを持っていながら、大都市とはいえ地方のヒーローの相棒に甘んじている応利は、この街で働いて長い。

狭い視界ながら街の構造そのものには慣れた環は、二人が閑静なマンション街にさしかかったことに気づく。


「…すまない、応利さん、迷惑をかけてしまった……」

「迷惑と思うなら手を振るくらいのことしたらどうなんだ?」


まったくの正論に言い返せるはずもなく、環は黙ってしまう。フードこそ普段の位置に直したが、目線をあげられなかった。個性や体力はついた、しかし性格は変えられない。


「……、すみません」


申し訳なさでつい敬語が戻る。応利は環の様子を察したのか、歩みを止めた。環も応じて立ち止まる。前を歩く応利はこちらを振り向いて、7センチほど低い位置から環を見上げてきた。マンションばかりのここは小綺麗な街灯の明かりが道路を照らしていて、その光に応利の端正な顔が浮かぶ。


「すっかり強くなったのに、メンタルはまだまだだなぁ」

「…、俺は一生、このままだ」

「…まっ、別にいいんだけどさ」


応利は再び前を向いて歩き出した。環も後をついて足を前に進める。


「環のそれは、なんていうか、環の優しさと誠実さの象徴だし。いいんじゃね?」

「え…」


そんなことを言われたのは初めてだった。ミリオやファットはもっと自信を持てと言うし、雄英の友人や教師もそうだ。
肯定されたのは初めてで、環自身、欠点だと思っていた。


「ただ、臆病なだけだ…俺は、自信なんて持てない」

「環はさ、きっと結構昔からそうだったんだろ」

「…あぁ、小学生の頃からずっとこうだ」

「ずっと自分に自信がなくて、臆病で。そんな自分はだめなやつって思ってた?」

「…その通りだ」


不甲斐なさや情けなさで、何度も自分をいやになった。それでもヒーローになろうと思えたのは、ミリオが隣で笑ってくれていたからだった。


「…それでも、自分に期待して、肯定的な感情を寄せてくれる人がいて、だからこそ、その人たちに応えたいって、自分で思いすぎてるんじゃねぇかな」

「…、」

「自分を受け入れて好きだと言ってくれる人から寄せられる気持ちの方が、罵倒よりよっぽどきついんだろ。期待外れだと失望されることが、怖くて堪らないんじゃね?」


図星だった。まったく感じていた通りで、環自身、ちゃんとは気づいていなかったことでもあった。そうだ、環が一番苦手なのは、好意的に思ってくれる人に失望されることだ。きっとそれは誰しも同じなのだろうが、自分に自信がなく自分で自分を好意的に思えない環だからこそ、余計にそれが顕著だった。こんな自分をよく思ってくれる人なのに、と。


「それだけ人に優しくて、それだけ人に誠実であろうとしてんだよ。だから、それはまったく悪いところなんかじゃない。俺は好きだよ、そういうとこ」


応利はそう言って、振り返りながら環に笑いかけた。ちょうど街灯の下に差し掛かったところで、その明かりが二人を直上から照らす。環はその笑顔に、心臓が止まるかのような錯覚を覚えた。


「…いいんだよ、失望されたって、罵倒されたって。たとえ100人から失望されても、1人を救けることができるなら、それでいい。ヒーローになるんだろ」

「っ、」


応利の言ったことは核心だった。環が目指すものはヒーローで、誰かを守り救けることができるなら、それで十分なのだ。


「つーかさ、この俺が環のこと認めてんだ。100人から認められなくても俺1人で十分だろ?」


そしてニヤリとして言ったように、ほかでもない応利が環のことを認めてくれているのだから、ほかの人間からの承認なんて、いらなかった。

今確かに、環は救われた。応利の言葉と態度に、自分を受け入れる可能性を持つことができた。すぐに変われるようなことではないけれど、環は、応利に出会えただけで、インターンのためにここに来て良かったと、心から思えたのだ。


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