永遠の夜−2



「SNS?俺が?」


応利は執務机に収まり切れていない上司から言われたことを反復した。ヒーロー・ファットガムこと太志郎は確かにそう言った。

環がインターンに来てからちょうど1年が過ぎようとしていた初夏、太志郎に言われて応利はSNSを何かやることを検討することになってしまった。ヒーローとして、公式アカウントから発信しろということだ。


「なんで俺が…」

「そら応利への注目度が依然として高いからやろ。人気やし。相棒として5年もここおるくせに、未だに若手人気ヒーローでホークスと競っとるやん」

「いや、あの人は別格だけど…なんで相棒が公式アカウントで発信すんだよ、そこは太志郎さんがやるとこだろ」

「俺はよう街ん中で市民と交流しとるし。でも応利は相棒やからこそ、プライベートが表に出ることあらへんやろ。それに、ようHNで応援要請来て人質事件解決しとるから単独でも解決件数高いわけやし」


応利の個性は圧力と応力の操作であるため、人質事件などで絶大な力を発揮する。大阪周辺ではもはや人質事件が起きなくなっており、それは応利が抑止力として機能しているからだと評されていた。その力を鑑みて、名古屋や東京などからも応援要請が来ることがある。


「お疲れ様です」


そこへ、環が扉を開けて入ってきた。週に何度か定期的に雄英から遙々ここまで出社してくれるのだ。かくいう応利もそうだったが。すでに更衣室でヒーロースーツに着替えた後で、この暑い中でもフードをしっかりとあげていた。


「あ、ええとこに来たな環。最近の子ぉは何のSNS使うとるん?」

「え…いや、知らない。俺はやってないし…俺のような陰キャには許されない…」

「なんやねんお前らそれでも若者かい!」


何の話だ、と環はようやく聞いてきた。話の本題も知らずに自らをDisれるあたりプロの技だ。


「太志郎さんが俺にSNSやれって言ってきてさ」

「あぁ…それなら、名義は事務所にして、主な更新担当を応利さんってことにすれば、事実上応利さんのアカウントとして認知されるんじゃないか」

「おお!ええな環!さすが、応利のこととなると思考が冴え渡るなぁ!」

「どうせ俺はそれくらいしか…」


珍しく流暢に語ることがこれだ。飲み込みの早すぎる環にも驚きだった。それに、応利はむしろその方が余計にいやだった。


「そっちのが嫌だ。とにかく、やらないからな」

「今日はなんや頑固やなぁ…」


太志郎は少し困惑する。いつもなら確かに、この辺で応利が折れていた。突き放すように言って、応利は自室に向かう。すっかり事務所生活が長引いて、もはや仮眠室を自室と言って憚らなくなったし、当の太志郎が専用の鍵をかけてくれた。
すると、また珍しく、環が追いかけてきた。時計を見ればまだパトロールには早いため、時間はある。用があるのだろうと、応利は部屋に招き入れた。


「どうした?」


環は扉を閉めて、フードを下ろすとサンバイザーも外した。きちんと話すつもりらしい。こうして正面で話すときに礼を尽くそうとする姿勢は好ましかった。


「応利さんがSNSやりたがらないのは、怖がっているからなんじゃないかと、そう思って」

「っ、よくわかってんね」


さすが、人の機敏には鋭い。顔色を伺ってしまう性格の人は得てしてこういうところがある。嘘をつくと環が傷つくので、応利は素直に認めた。
環が言うとおり、応利は、SNSをやることが怖かった。


「…まだ、学生のときのこと、気にしてるのか」

「やっぱ知ってるか。俺の成績にも詳しかったもんな」


先輩として時期が被ったことがないが、環は体育祭や雄英生活での応利の成績をよく知っていた。だから、あの頃のことも知っているようだった。

3年連続1位という快挙は、応利の個性があまりに一瞬で相手の意識を奪えるからだった。3年間で様々な対策を相手も講じていたが、応利はその分、個性の使い方をより洗練させ、非常に精密なコントロールによってマスク類を完全に無効化していた。
今年の1年A組に在籍している爆豪勝己や轟焦凍のように、一瞬で間合いをなくして攻撃できるようであれば、意識を飛ばすより先に応利を無力化できるだろうが、当時は同じ学年にそのような強個性がおらず、応利の独壇場だった。そのため、世間は応利の強さを「反則的」だとして、形骸化した五輪に変わる若者たちの「切磋琢磨」「正々堂々」という光景が見られずつまらないと批判した。

応利にとっては、あのときの記憶がトラウマのように脳裏にこびりついていた。もちろん、友人や教師の前では気にしていないように振る舞っていたし、インターンなどでメディアに出るようになっても批判のことは触れないようにしていた。今では当時のそのような声は聞かれなくなり、単に応利の個性の強さを褒め称えるだけだった。
もう大丈夫だということは他ならぬ応利が一番よくわかっている。それでも、もし応利に対する否定的な声がSNSに寄せられたら、太志郎や環にすら迷惑がかかる。それだけは嫌だった。


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