木曜2限のヒューマニズム−1


静岡県の地方都市、そこにある大学に入学した応利は、少しテンションが空回っているような空気感に辟易としながらも、快く連絡先の交換に応じていた。

文理に分かれる学部が一つのキャンパスにあり、応利は法学部に属する。この大学では学部間共有科目というのがあって、基本教養に関する授業がそれだった。
ICTリテラシー、英語、日本語の3科目だが、日本語の授業は要はレポートや論文の書き方、フィールドワークの仕方などそうした大学的なことを教える授業だ。ICTや英語の授業は学部によっては必要がない(情報学部はICTの授業が学部独自のもので、国際教養学部は英語が独自の授業となる)ため、学年の中で一応存在するクラス分けはこの日本語授業で分けられる。
4年間このクラスは有効で、学籍番号とこのクラスが定期考査などで用いられるのだ。

応利は14組、そして今日はそのクラスでの初めての顔合わせだった。

高校を卒業したばかりの学生たちはスマホ片手に連絡先を交換しているが、その中で一際背の高い男子がいた。まるで名刺交換のように順番を巡って正面に立ったその男子は、応利よりも10センチは背が高かった。


「俺は轟夏雄、よろしくな。名前で呼んでよ」

「圧気応利、夏雄な、よろしく。俺も名前で呼んで」


なぜか大学は名前で呼ぶという謎の風習があるのか、下の名前で呼び合うという一種の協定が結ばれていく。嫌な顔もせずに応利も応じた。夏雄というらしい背の高い男子は体格もよく、暑いのか捲った袖から見える腕も太く筋を張っている。白い髪は遺伝だろう。


「夏雄は学部どこ?」

「メディカルサイエンス学部の医療福祉学科。応利は?」

「法学部の国際法学科。メディサイって女子多いよな」

「多い多い、マジすげーわ。てか応利、法学部なのか、頭いいんだなぁ」


学部の略称はいろいろとあるが、とりわけ横文字系は省略される。その点、法学部は法学部だ。偏差値の高くないこの大学でも法学部は花形らしく、その偏差値は単独なら首都圏の有名私大並みだ。夏雄は感心したようにしている。応利は瞬時に話題を変えて、それ以上持ち上げられるのを避けることにした。普通に反応に困るのだ。

どうせ1年の間しかこの学部間授業はない、このクラス分けは便宜的なものでしかないため、結局は自分の学部内でできた友人とつるむようになるはずだ。

こんな当たり障りない会話が、2人の始まりだった。


***


1ヶ月もしないうちに、やはり日頃つるむ友人は自分の学部の学生となった。当然だ、過ごす時間の長さも違うし、授業を受ける建物や授業時間なども近しい。

ただ、毎週木曜日にある14組の日本語の授業は、2限にコマが位置していたため、そのまま昼を一緒に過ごすようになったことでなんとなく仲が良い方だった。
応利も夏雄と学食に行くようになった。他の男子は学部のメンバーのところに行っているらしく、この1ヶ月ですっかり毎週木曜は2人で昼を取るようになっていた。お互い、ちょうどこの時間は自分の学部の友人が授業を取っていないのだ。

さすがにこうして2人で食事をする回数を重ねれば、会話の内容も当たり障りないものから適当な友人のそれになっていく。違う学部の話を聞くのは面白いし、普通に世間話もした。最初は慣れなかった名前呼びもすっかり定着しており、週に一度この時間しか一緒にいないとはいえ、そこそこ仲が良くなった。


「そういや夏雄、バイト決まった?」

「あ、うん、駅前のファミレスになった」

「へぇ、地元じゃねぇんだ」

「あー…うん、地元の友達に絡まれんのだるいし」

「確かにな」


早々に塾講のバイトを決めた応利と違い、夏雄は学生生活に慣れるためにバイトをまだ始めていなかった。ようやく、大学近くの駅前のファミレスに決めたらしい。正直、大学の友人に見つかる方がだるいような気がするのだが、地元の人に会いたくない何かがあるのだろう。そういう背景は人それぞれだ。言いづらそうにしていた様子からも、応利はそれ以上掘り下げることはしなかった。


「じゃあ俺がだる絡みに行ってやろっか。無意味に呼び出すわ」

「いや俺キッチンだから」

「マジか、顔がいいからホール採用かと思った」

「いやお前に顔がいいとか言われてもな…」


別に普通だろう、と応利は思ったが、夏雄が本気で微妙な顔をしていたのでそれも突っ込むのをやめた。


「キッチンだったら料理勉強できんの」

「どうだろ、俺もともと料理できないわけじゃないし」

「自慢かよ、俺この前カップラーメン失敗したんだけど」

「それはただの事故だろ」

「確かに」


言い得て妙だったため笑えば夏雄もおかしかったのか笑う。料理ができるできないではなくただの事故と言った方がいい。こういうなんでもない、明日には忘れていそうな会話の連続が、存外心地よいものだった。


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