木曜2限のヒューマニズム−2
少し日々が過ぎた5月、転機がやってきた。
学内は世間と同じく、雄英体育祭の話題で持ちきりだった。今年はオールマイトが雄英に赴任したことや、ヒーロー科1年A組が授業中に敵に襲われ戦ったことなど大きなニュースが雄英を騒がせていたため、もともと盛り上がるイベントだった体育祭は例年以上に注目されていた。
その体育祭が終わってからすぐ、学内はある話題が広がっていた。
それは、あのNo.2ヒーローエンデヴァーの息子が轟夏雄であるという話だった。
体育祭で2位だったA組の轟焦凍は、本戦でエンデヴァーが焦凍を息子だと叫んだことで日本中にエンデヴァーの息子として知れ渡り、そこから夏雄に繋がった。
静岡県が地元だというエンデヴァーは、地元・凝山では轟の名字で有名であり、そこを地元とするこの大学の学生から話を広めていったらしい。今や夏雄もエンデヴァーの息子として有名人になっていた。もともとイケメンだったためよく知られていたが、顔立ちや体格の良さに加えて有名人の息子という箔までついてしまえば放っておかれるわけがない。
そして木曜日、いつも通りの日本語の授業でもクラスメイトに夏雄は質問攻めにされておりかなり辟易としているようだった。やがて授業が終わり、いつも通り応利と2人で学食に入り、食事をのせたトレーを持ってテーブルにつけば、またしても学生たちが寄ってきた。
「ねぇねぇ轟君、エンデヴァーの息子ってほんと!?」
「夏雄〜、エンデヴァーって家でどんな感じなん?」
「夏雄君イケメンだもんね、焦凍君もイケメンだし!血を感じる〜」
男女数人ずつの集団がやってきたことで、周りの目も向けられる。基本的には同じ学部か同じ学年に声をかけられるためか、他の学年の学生はこちらの会話に興味津々だ。昼時の学食は学生でごった返していたが、女子の甲高い声はよく響き、多くの衆目を集めていた。
応利はちらりと前に座る夏雄を見る。夏雄は姿勢良く座っているが、困ったように笑っている。人当たりのいい温厚な性格であるため、毎度こうして律儀に答えてきたのだろう。
「いやぁ、あの人忙しいからさ、最近は家じゃあんま会わなくて」
「焦凍君の他にもお姉さんいるんだろ?美人?」
「どうだろ…身内だし分かんねぇや」
「焦凍君は炎と氷の個性だし、夏雄君はどっちなの?」
「俺は、氷の方だけ、でも弱いから」
次第に影ができていくのを、応利は見逃さなかった。どう見ても、夏雄は話したくなさそうだ。先日のバイトの話題のときに、地元でのバイトをしたがらない様子だったのはこのためだと分かる。恐らく地元では有名人にすでになってしまっているのだろう。
凝山からこの大学はそれなりに距離がある。同じ条件の医療福祉系の学部はもっと近いところにもあったが、わざわざここにいるのは、なるべく離れたかったからなのだろうか。単なる推測でしかないが、耐える表情をする夏雄からは容易に窺えるものだった。
「……なぁ、その辺にしとけば」
応利の声が落ちた途端、沈黙になった。いきなり喋った応利に、学生たちは一斉に目を向ける。見たところ夏雄と同じメディカルサイエンス学部の学生だろう。
「いくら有名人でもさ、自分の家族のこと根掘り葉掘り聞かれんの嫌なの、俺らと変わんなくね?自分だったら嫌じゃん」
「…確かに……」
「悪い夏雄、気ぃ悪くさせて」
空気は読めるようだ。学生たちはようやく気まずそうな夏雄に気づいたようで、口々に謝った。夏雄は慌てて「いいって」と手を振るが、もう聞けない空気になった。
学生たちはそのまま去って行き、2人だけに戻る。学食はいつもの喧噪に包まれているが、なぜか2人の周りだけ静かなようだった。
「…ありがとね、応利」
「いや、でしゃばった。でもお前嫌そうだったし」
「うん、ぶっちゃけ嫌だった…でもさ、応利はその、気になんねぇの?」
「お前の家族のこと?」
「そう」
聞きづらそうにしながら聞いてきた夏雄に、応利は少し考える。唐揚げ定食の白米を口に運んで飲み込んでから口を開いた。
「エンデヴァーの話はエンデヴァーのことであってお前のことじゃないし。もともとそんなヒーローが好きってわけでもないのもあるけど、俺が今話してんのは夏雄だしな。他にも話題なんていくらでもあるだろ。つかお前、そろそろワンピ読んだ?」
「あ、まだ」
「おい、ワンピ読んだことねぇヤツは非国民だっつったよな」
「わりぃって!」
いつものトーンになると、夏雄は一瞬、あっという間にいつものノリになったことに驚いた。そしてすぐに、ふっと小さく笑った。
「…な、応利」
「ん?」
「今度の休み空いてる?お前ん家でまとめて読ませてよ、一人暮らしっしょ」
「…いいよ」
それは、友人の間ならなんてことない約束だ。しかし、毎週木曜の2限しか一緒にならない二人にとっては、これが初めての約束だった。学部も違う、一週間に一コマだけの関係から、もう少し深いところに踏み入った瞬間だったのだ。