人の彼るな麗華−1
●管理人の趣味嗜好を詰め込んだパロディが過ぎるパロ
大正浪漫+スチームパンク+主従+貴族モノ
個性が明治時代に発現してそこで文明がストップした設定の大正時代です。歴史改変しまくりなので、史実と異なる出来事が起きます。
従者爆豪・華族轟×主人で華族の主
1925年9月1日、帝都中が喪に服す厳かで静かな残暑の日。
応利はバルコニーで生暖かい風を感じながら、そんな東京の街並みを眺めていた。あの大災害の被害をほとんど受けなかったこの辺りは、あまり変わった部分はない。だが、ここから少し南東に行けば、そこはまだ足場の組まれた建物や整然と立ち並ぶようになった真新しい煙突が見えることだろう。
「…あまり直射日光を浴びるとお体に障ります」
「……今日くらい、休み取ればいいのに。てか敬語どうした」
「…さっきまで旦那様と話してたから口調がつられちまった。別に、休みなんざいらねぇよ」
日差しの厳しい日光に照らされた白亜のバルコニーから、室内を振りかえる。そう暗いわけでもないのに、光が対照的で暗く見えた。その中に、まるで光を放つように存在感のある男。
プラチナブロンド色の髪に紅の瞳、きつい目つきではあるが美麗な顔立ち。上下黒のスーツ姿に赤い蝶ネクタイの執事服が似合わない不良然りとした態度。
これでも一応、この国でも指折りの名家である圧気家の執事である。といっても、応利専属の、ではあるが。
名前を爆豪勝己、ここで執事を始めてから1年になる。毛根まで素直ではない髪型もあって、屋敷の使用人たちからは評判の悪い、同い年の男だ。
応利はバルコニーから室内に戻る。すぐに、勝己は応利に近寄って額に手を当てた。白い手袋をしているから、彼特有のニトロの香りはしてこない。
「…ん、大丈夫だな」
「だから大丈夫だって。見た目のわりに心配性だよな」
「見た目関係ねぇだろが」
勝己はそう粗野な言い方をしつつも、その口調からは想像できないほど優しく応利の頬を撫でた。その目は、応利に対して愛しさを溢れんばかりに滲ませている。
「…お前が世界で何より大事だっつってんだろ、心配するに決まってんじゃねぇかアホ」
「執事長が聞いたら失神しそうな言い方だな」
「あの爺さんならそのまま他界待ったなしだな」
「確かに」
応利がくすくすと笑えば、勝己もニヤリと楽し気に笑った。
***
東京市小石川区、高田老松町。
帝都の中でも閑静な地区で、昔は大名屋敷も軒を連ねた古くからの由緒ある町である。そこに大きな屋敷を構えるのが圧気家だった。
緑に囲まれた敷地、庭園にはバラが咲き乱れ、四阿は噴水から流れる小川に囲まれている。
そんな庭園を前にして、屋敷は白亜のルネサンス様式で建築されていた。かつて大震災が起こるまで残っていた帝国劇場や銀座のビルのようなものだ。あまりの壮麗さに、近所では「小石川の帝国劇場」と呼ばれていた。
圧気家は華族のひとつで、爵位は公爵、帝国華族の中で最高位の家柄である。
華族というのは、明治維新後の日本において制定された家柄制度で、幕府のあった時代の公家や大名家、有力武家、神宮の家などを新たな階級として定義したものだ。階級の高い順に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵となっている。維新のときに功績を残した人物の家を叙すことも多く、華族は成立時から500以上存在していた。
それだけ多くの家がある華族だが、実は伯爵以下の家と公侯爵とではかなり差がある。分かりやすいのは、帝国議会における貴族院の議員資格で、公侯爵が終身であるのに対して伯爵以下は7年と任期が決まっていた。
また、伯爵以下の家には収入が少なく元の資産も少ないわりに華族としての出費が多いことで破産寸前の家も少なくなく、帝国からの支援を受けたり、自ら爵位を返上することも多かった。
そんな中で圧気家は、明治の華族令発布の際には子爵として叙せられた。それは、圧気家代々の個性に起因する。
明治前期、まだ維新の混乱が続く中にあって、世界中で同時多発的に「個性」と呼ばれる超常現象が発生した。人々に突然、それまでは考えられなかった能力が生まれたのである。
欧州はちょうど戦争が続く時期で混乱もひとしお、日本も国をつくる上で障害となった。だがなんとか個性の公の場での使用を禁止する勅令が出されることで収まり、さらに個性を使って富国強兵を成し遂げていった。
その象徴だったのが圧気家である。当時、圧気家は気圧を制御する個性を発現し、それを利用して主たる動力源である蒸気機関の育成に取り組んだ。結果、日本は蒸気機関を産んだ欧州よりもエネルギーの上では先んじるほどの発展を経験した。
欧州にも招聘されて、圧気家は外貨を獲得、その資産は莫大で、帝国からもその功績によって公家でもないのに子爵へ叙せられることとなったのである。
そして帝国産業への貢献を続けること半世紀、圧気家は公爵まで上り詰めた。