此処にましませ−5
勝己は、昔応利が小さいころに境内で遊んでもらっていた男だ。口が悪く目つきも悪かったが、なんだかんだ構ってくれていたのをよく覚えている。
大きくなると姿が見えなくなり、更に大人になってからはイマジナリーフレンドとやらだったのではないかとすら思っていた。
あの頃と、見た目は変わっていない。そこでようやく合点した。
「…そうか、人じゃなかったのか」
「お前は成長して見えなくなったからな。子供は所詮そういうもんだ」
「…その尻尾、ひょっとして、大口真神?」
「大口真神様の神使だ。その狐野郎と同じ位のな」
この地域の狼の神である大口真神、その神使だという。動物の神であるため、同じ種族が眷族として神使になっているようだ。
今になって見えるのは、契約して力に目覚め、人ならざる者が見えるようになったからだろう。
「俺はこの神社で数百年以上にわたって神使として守り神的なことをやってやったんだ、感謝しろ」
「日々感謝してたけど…そうか、勝己だったんだ」
名前すら教えてくれるまで時間がかかったけれど、神社の息子ということで友達があまりおらず、しかも両親が離婚寸前の不仲だったこともあって、応利にとって遊び相手は勝己しかいなかった。すぐに離婚は成立し、母はさっさと出て行った。
勝己までいなくなったと思って悲しんだが、しかし勝己は、ずっとここにいてくれたのだ。それも、この神社を守ってくれていた。
「そっか…なんかすげぇ嬉しい」
神使という立場ながら応利と遊んでくれていたことや、見えなくなってもずっとこの神社にいてくれたこと、そばにいたこと。それが堪らなく嬉しく思えた。
勝己は呆れたように息をつくと、振り反って応利をおもむろに抱き締めた。
「クソ、やすやすと契約しやがって」
「え、だって父さんが…」
「分かっとるわアホ。狐野郎は結局狐だな」
「うるさいぞ狛犬」
「狼だっつってんだろカス!!!」
ガウ、と勝己が怒鳴るが焦凍はどこ吹く風である。
しかしそこへ、何かヒビが入るような音が響いてきた。見上げると、空に亀裂が走っている。結界の亀裂だろう。もう壊れようとしている。
「おい、こっち向け」
すると勝己はそう言って応利を自分の方に向かせると、右側の首筋から鎖骨にかけてを撫でた。先ほど焦凍がしたことと同じであるため、何が起きたかはわかる。
すぐに浮かんだ模様がその証拠だった。
「な、契約勝手にしやがったな…!」
「っるせぇ!あいつがしてんなら俺もするわアホ!何年お前のこと見て来たと思っとんだ!」
「え…」
勝己は自分で自分の言ったことに気づいたのか、さっと顔を赤くするが、すぐに顔をそむける。応利も別の方向を見ると、焦凍がつまらなさそうにしていた。
「別マ展開だな」
「たとえが」
「いいか応利、あいつはアメリカの車のように燃費がわりぃ。あいつの力だけで結界張るのはコスパ良くねぇんだ。だからドイツ車のように燃費が良い俺の力を合わせて結界を張る」
「いやだからたとえ」
やたら現代なたとえを勝己にも披露されたところで、空の亀裂はますます広がった。慌てて勝己は、応利に言うべき言葉を告げる。
「それ言いながら人差し指と中指をそれぞれ模様に当てんだ」
「急げ応利」
焦凍にも急かされ、応利はお前らの茶番のせいだろ、と思いつつ、右手を左の鎖骨に、左手を右の鎖骨に向け、それぞれ人差し指と中指を揃えて当てる。
そして言われた通りに口を開いた。
「宇迦之御魂神、大口真神が御神使」
じわり、と指が触れている模様に熱が発生する。両方の模様の熱を首すじから鎖骨にかけて感じながら、言葉を続けた。
「此処にましませ主のまにまに、『結』」
その瞬間、境内を覆うように結界が新たに張られ、同時に古い結界が崩壊した。新しい結界の力に跳ね飛ばされた化け物たちはあっという間に姿が見えなくなる。
そして、そんなことをしたからか一気に応利の力が抜けて、連続で契約したこともあって体が傾く。
「っと…情けねぇな」
そう言いつつ、勝己は軽々と応利を受け止めて、応利はその晒された胸板に頬をつける形となった。抱き締められると、昔、寂しさに泣いていた日の温もりを思い出す。
「おい、俺が運ぶから手を放せ」
「誰がてめぇに触れさせるか狐野郎殺すぞ」
「それが神使の言葉かハスキー」
「狼だっつってんのが分かんねぇのか半分狐が!!」
今は、頭上でそんな醜い言い争いが繰り広げられている。父のことはもう心配なくても、今後の自分がどうなるか分からない。だが、この2人に挟まれている状況は、今までにない騒々しさで、それはまったく悪いことに思えなかったのだった。