此処にましませ−4




「じゃあ契約するぞ」

「わ、分かった」


なんか儀式でもするのだろうか、と思っていると、焦凍は応利の左側の首筋に触れた。そこから左の鎖骨に向かって指を下ろしていくと、それに沿って赤い唐草模様のようなものが続いていく。シャツのボタンを外して鎖骨の下あたりまで指を触れさせ模様をつけると、焦凍は手を離した。


「これで終わりだ」

「え、それだけ?うっかり間違ってやっちゃいそうなくらい簡単じゃん」

「確かにな」


あまりに一瞬で終わってしまったので驚くと、焦凍は応利の顎を掬った。


「じゃあ早速、ちょっとだけもらうぞ」

「え…んんっ、ぅあっ、」


すると突然、焦凍は応利に口づけて来た。唇が重ねられ、舌が強引に押し入ってくる。いきなりのことに抵抗する暇もないまま、焦凍の舌が口内で動き回り、なぜかぞくぞくとした快感が背中を駆けあがる。


「んっ、っ、はぁっ…!」

「…、かわいい」


ようやく口が離れると、どっと力が抜ける。何かが抜かれた様な感じが、焦凍に力が移動した分なのだろう。


「初めてだから大きく感じてるだけで、大した量じゃねぇぞ。じゃあ応利、そろそろ初めての共同作業だ」

「はぁ…?」


荒い呼吸を整えていると、焦凍は上空を指さした。見上げると、応利はその光景に絶句する。

もうほとんど暗くなった空には、無数の鳥がいた。しかし鳥は、手足が生えて人面をしている。
さらに辺りを見渡すと、小道の先の境内の端に、人型の真っ黒な影がひしめいているのが見えた。立体的ではないのっぺりとした影はあまりに不気味で、無意識に応利は焦凍の法衣を掴んでいた。


「応利は今まで自分の力に覚醒していなかった。ヤツらは認識しなきゃ干渉して来ねぇが、ひとたび見えるようになるとやってくる。力を求めてな。俺は高位であることや、父親と契約していること、逢魔が時であることが重なって見えていた」


つまり、焦凍と契約したことで人外が見えるようになった応利は、ああいった化け物たちから力を狙われているということだ。


「霊力は体液の摂取で手に入る。もしこの神社の結界が壊れれば、お前は途端にあの化け物たちに廻されるだろうな」

「……、」


恐らく応利の顔は青ざめていることだろう。さらりととんでもないことを言う焦凍の言葉に嘘がなければ、応利はあの化け物たちに酷い目に遭わされるかもしれないのだ。


「この結界はお前の父親が張った。あと10分くらいで壊れる」

「は!?」

「だから俺の力を使って結界を張りなおすんだ。いいか、」


焦凍はこの結界を張りなおすと言って、そのやり方を伝えようとした。
しかし突然、それは荒々しい言葉によって遮られる。


「その手離しながれクソ狐ッ!!!」

「チッ…」


その声とともに、焦凍が立っていた場所に突如として別の男が割り込んだ。鋭いカギヅメが空気を引き裂く。かろうじて避けた焦凍は、小道の反対側に降り立った。

一方で、応利の目の前には、応利を庇うように男が現れた。

上半身裸で、髪は白金のような色で跳ねさせている。瞳は燃え上がる紅で、白い肌は肩から胸元にかけてと背中、目元の下あたりに赤い唐草模様が浮かんでいた。首からは大きな玉の数珠のような首飾りが下がっている。
下は裾が膨らんでいる黒い法衣で、足首できゅっと締められている。
そしてこの男も、腰からふさふさの尻尾を生やしていた。グレーと黒が混ざったような色をしている。


「よそ様が暮らす社凍らせて、自分はその神主にセクハラかよ神使様よぉ!稲荷神は何してんだ!?」

「うるさいぞ犬っころ。負け犬の遠吠えって知ってるか」

「今すぐ殺す…!」

「え、ちょ、あんたはいったい…」


がるる、と唸る様に焦凍を睨みつける男の背中から声をかけると、男はこちらを振り向いた。
その眼付きとやはり端正な顔立ちに、応利はふと昔の記憶が思い出される。


「…え、勝己?」

「……よう覚えとったなてめぇも」


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