此処にましませ 悪霊の駅−6


ちょうどそこへ、ホームと構内の霊を祓った勝己が戻って来た。通路に入るなり、消滅していく霊魂を見上げる。そして、ロッカーの前にうずくまる子供に気づく。


「おい、あれはどうした」

「応利がまだ祓うなってよ」

「は?」


訝しむ2人をよそに、応利はその子供たちへ近づいていく。「おい!」と焦凍に呼ばれたがとりあえず答えずに子供たちに歩みよる。
女の子は1本、男の子には2本、額に角がある。悪鬼になりかけているのだ。


「ねぇ、聞こえる?」


そう声をかけた途端、2人はこちらを睨みつけた。その眼光は鋭く、落ちくぼんだ目は真っ暗で恐ろしい。
それでも応利は、「大丈夫」と手を伸ばすが、2人はおもむろに応利の両肩に思い切り噛みついてきた。鋭い痛みが走り、肉を食いちぎられるのではないかという本能的な恐怖が沸き上がる。慌てて焦凍と勝己が駆け寄ってくる。


「何やってんだアホ!すぐ祓うぞ!」


勝己が怒鳴るが、応利は声も出せずに首を横に振った。
生まれてすぐにロッカーに捨てられ命を落とした2人。きっと、その親にとって望まれない命だったのだろう。


「人は、生まれながらに…!人として、生きる権利がある…ッ、なのに、いっ、生きることを、許されず、生まれることを、厭われたなんて、そんなん、あんまりじゃん…ッ!」


あまりの痛みに目がちかちかとする。肩から黒い煙が立ち上り、恐らく滲んだ血を通して2人に応利の力が通ってしまっている。このままいけば、2人は完全な鬼になるだろう。


「おい応利!」


焦凍も咎めるように声を上げた。2人とも心配してくれているのだ。それでも、応利は神主の子供として、目の前の2人を放っておけなかった。


「…諸々の禍事 罪 穢有らむをば、祓へ給ひ 清め給へと白す事を、聞食せと 恐み恐みも白す」


そして、応利は祝詞の一種である祓詞というものの一節を唱えた。子供たちの耳元で直接響いた応利の言葉は、言い終わった瞬間、鎖骨の模様が強く熱を持ち、その熱気によって2人から突然黒い影から現れた。それは空中に霧散していき、一気に晴れる。
その直後、2人は脱力して噛みついていた肩から離れた。慌てて2人を抱えると、呆然とこちらを見上げている。落ち窪んだ目は元の可愛らしいものに戻り、パッと見では人にしか見えない。


「…祓いやがった。お前本当に素人かよ…」

「神主の子って意味では、素人ではないよ」


同じく唖然とする勝己に言うと、焦凍は呆れたように息をつく。


「そこまでしてやる必要あんのかよ」

「…今の時代、親は子を選べるけど、子は親を選べない。でも、生まれて来たからには生きる権利が、この子たちにはあったんだ」


生きていくことを許されず、暗く冷たいロッカーで誰にも祝われずに死んでいくことの絶望が、2人を悪鬼に導いた。しかし今、応利の祝詞と勝己たちを介した祓いによって2人から邪気は取り除かれたのだ。


「2人とも、名前はある?」

「………洸汰」

「エリ」


男の子は洸汰、女の子はエリというらしい。黒髪の洸汰も、ウェーブした茶髪っぽいエリも、角は残ったままだが、もう邪悪な存在ではない。


「洸汰君、エリちゃん、もしよければ、2人とも俺の神社においで。そこで、気が済むまで過ごしてから、旅立つといい」


2人はもう残念ながら死んでしまっている。だが、2人に温かい時間を少しあげてからなら、きっと2人も逝けるはずなのだ。


「いいの…?」


エリがひし、と服を掴んで聞いてくる。洸汰もちょっと生意気そうではあるが、ぎゅうと袖を掴んでいた。


「いいよ。好きなだけいればいい」

「うん…!」


エリはぱあっと顔を輝かせて応利に抱き付いた。洸汰も頷くので抱き締めてやると、おずおずと抱き付いてくる。
それをつまらなさそうにしているのは後ろの神使たちだ。


「別にそこまでしなくていいだろ」

「ガキ増えんのかよ…」

「お前らさ、曲がりなりにも俺のこと好きなんでしょ?それなら、俺との間にできた子供とでも思えば?」


それぞれ、2人を応利との間にできた子供と思えば少しはましなのでは、なんて冗談半分で言ったのだが、2人は真剣な顔になる。
「天才か」「途端に可愛く見えて来た」と勝己・焦凍がそれぞれ言うものだから、つい応利も呆れ果てる。なんだこの神使、と思っていると、洸汰がそれを引いたように見た。


「あんたさ…契約相手は、選んだ方がいいと思う」


そんな洸汰の言葉に、大人げなく焦凍たちが怒る。

こうして、応利の初めてとなる祓い屋の仕事は幕を閉じたのだった。


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