此処にましませ 堕ちた神−8


勝己とともにやって来たのは、どうやら集落のような場所だった。
木造の昔ながらの住宅が疎らに立ち、その合間を人々が着物姿で歩く。提灯に照らされ、辺りには祭り囃が鳴り響く。祭の最中のようだが、周囲の人々は、全員、透けていた。

笛の音や太鼓の音、人々の喧騒、楽し気な話声や、屋台の威勢の良い掛け声。


「くだらねぇ、虚像じゃねぇか」

「…あぁ、その通りだな」


勝己が吐き捨てるように言うと、2人の背後からそんな声がかけられた。振り反って見てみれば、そこには鳥居と灯篭があり、鳥居の正面に男が立っていた。
手長甲に赤い着物を着崩した姿の逞しい青年は、恐らく氏神だ。この神社に祭られているのだろう。本殿は鳥居の先にあって見えないが、人々は参道沿いの屋台で楽しそうにしていた。


「…悪い、巻き込んじまったんだな」

「どうしてくれんだてめぇ」

「か、勝己……」


さすがに応利が諫めると、勝己は舌打ちをして黙る。代わりに応利が進み出た。


「…初めまして、俺は多摩御峰神社の神主の子で、応利といいます」

「あぁ、あの霊力が強いっていう子か。わりぃな、こんなとこに迷いこませちまって。俺は大字切島原の氏神で鋭児郎ってんだ。そこの神使と同じく、敬語とかいらねぇよ。どうせもう、神じゃねぇからな」


鋭児郎は爽やかな見た目をしているわりに、自嘲気味に言った。先ほどから巻き込んで済まないと言うわりに、それをどうにかしようという気も感じられない。

諦観。それだけが鋭児郎からは感じられた。


「…このまま鋭児郎が堕ちたら、悪鬼に成り下がる。神格堕ちなんて、どんな災害になるか…」

「分かってる。分かってんだ…でも俺は、もう、この頃には戻れねぇんだって思ったら…」


氏神が悪鬼となれば、恐らく四つ葉ダムの工事に支障をきたすほどの災厄となる。土砂崩れや陥没、場合によってはダムが完成したあとに決壊する可能性すらあった。
それは分かっていながら、鋭児郎はこの虚像の世界にとどまり、冥界からの邪気にあてられて堕ちようとしている。

鋭児郎が見ているのは、この地区が最も活気にあふれて、神社への信仰を保っていた時代の景色だろう。今や、過疎によって住民は数十人となり、ダムによって散り散りになった。神主すら絶えてしまった。
それがどれほどの悲しみか、永遠を生きるわけではない応利にも、計り知れないようなものだった。


「…鋭児郎は、人のこと、好きでいてくれるんだ」

「…そりゃ、な。愚かなことだってする生き物だけどよ、やっぱ…見守っていきたかったんだ」


静かな3人の間には、祭り囃と人々の喧騒が空虚に響く。すべてまやかしだ。しかし、鋭児郎の人間への想いは本物だった。


「…人の世界は、変わっちまったんだなぁ」

「変わってねぇよ」


すると、黙っていた勝己が口を開いた。
応利と鋭児郎が勝己の方を見ると、勝己はなぜか応利の肩を抱いた。


「勝己…?」

「…今も昔も、人間はバカみてぇなことで迷う。悩む。ちんけなことで命を絶つ。俺たちの言葉は届かねぇし、直接手も握れねぇ。でも、あいつらの言葉は聞こえる。何もかも、俺たちには伝わる。あいつらが気が付かなくても、側にいられる。変わんねぇよ」



話すうちに、肩を抱く勝己の力は強まっていった。その言葉に籠る気持ちが応利に向けられているのは、その感触で強く伝わった。温もりが伝えてくれた。


「…鋭児郎、俺の神社に君を合祀するよ。勝己が許せばだけど、許してくれるでしょ?」

「……チッ」


その舌打ちは了承だ。応利は苦笑すると、勝己の腕から離れて鋭児郎の目の前に向かった。その迷いのある目を見上げると、すでに悪鬼になりかけて生えている角が見える。


「…今俺の神社にはさ、あの口が悪い神使と、天然で人の話聞かない神使がいて、まともなのいないんだ。一緒にいよう。たとえ誰もが鋭児郎を忘れても、気づけなくても、俺はそばにいるから」

「……いい、のか、応利」

「もちろん」

「………ありがとう」


鋭児郎の目に浮かんだものは見ないふりをして視線を下げる。手長甲から覗く逞しい胸筋に手を当てて、反対側の手を右側の模様に当てる。


「勝己。『祓』」


唱えた瞬間、勝己はその両手で大きな爆発を起こした。
その爆風は、辺りの集落を、人々を、鳥居を、祭り囃を、あの駅を、すべて吹き飛ばし消滅させていく。その爆風に飛ばされそうになると、鋭児郎が抱き締めて支えてくれた。その額にある角は、砕けて消える。

風が強くなって目をつぶる。しばらくそうしていると、急に風がやんだ。恐る恐る目を開けると、明るさが目に飛び込んてきた。
鋭児郎の腕から出て辺りを見渡す。

まず正面には古びた神社の社があり、近くには鳥居。その前の道は砂利道になっており、重機が通った跡がある。
集落は木造の戦後建築がいくつか点在し、電柱と電線が山を背景に立っている。紅葉で色づいた山は夕焼けに照らされていた。

そして、辺りにはショベルカーやブルドーザーなどの重機の起動音や、作業員たちの掛け声が響いている。大きく集落に影を作るのは、着々と建造が進む巨大なダムだ。

どうやら、大字切島原地区にいるらしい。


「…急ごしらえで悪いけど、今から合祀を始めよう」

「…改めて、ありがとな、応利。それに大口真神の神使も」

「フン」


勝己は離れた場所で顔を背けた。鋭児郎は苦笑して気にしていない。
その顔は晴れやかで、諦観は消えていた。まだ希望に溢れるとはまではいかないが、前向きにはなってくれたようだった。


「これからも、人間のこと、よろしくね」

「おう!」


あの亜空間は、鋭児郎の邪気とともに消滅した。ほとんど鋭児郎は力をなくしてしまっているだろうが、それでも、神として、人のことを見守ってくれるだろう。
また神社が賑やかになる。応利は契約によって半ば人でないものに近づいてしまってはいるものの、人の代表として、これまで助けてくれた神様を助けることができて良かったと思えた。

自分にできることがあるなら、これからもやりたい。

応利の心は決まった。


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