此処にましませ 堕ちた神−7


出久はほんわかと笑い、勝己はフン、と鼻を鳴らす。しかし相手は神だ。神使とは違う。


「氏神なんて、神の世界では下っ端だもん。たとえば、応利君のところにいる焦凍君は、農林水産省の官僚にあたる。神使として仕えている神様は農林水産大臣だね。僕みたいな氏神は、市町村の地方公務員みたいなものなんだ。かっちゃんは都道府県の役人みたいな感じかな」

「めちゃくちゃ分かりやすい…」


全国の五穀豊穣を司る神に仕える焦凍は、国家公務員といえる。一方、地方の信仰である神に仕える勝己は、都道府県知事に仕えているようなものだ。地域住民の願いを聞いたり行いを監視する氏神は市区町村の役人だ。
氏神たる出久は、当然のように応利の名前を知っていた。


「だから敬語もいらないよ、それに、今はそんなこと話してる場合でもないみたいだしね」


出久はそう言うと、勝己の方を向く。勝己は舌打ちしつつも、呼び出した経緯を話し始めた。親密なように見えるのは、恐らく勝己が応利の神社の主神の神使で、出久が神社がある地域の氏神だからだろう。関わりが深いのだ。


「なるほど…こんなことになってるなんて」

「出久は知ってるの?」


例によって順応は早い応利がさっそくため口で聞くと、特に気にせず出久は頷いた。


「うん。四つ葉ダムができることで水没する地区、そこの氏神で合ってるよ」

「確か…大字切島原って地区だったような」

「そうそう。下流の地区の神社に合祀される予定だったのが、工事が止まってしまったことで神主が先に寿命を迎えて…大字切島原の神社を継ぐ人がいなくなった結果、合祀もされずに住民がいなくなってしまったんだ」


本来氏神の神社がなくなるような場合には、付近の神社に合祀することが多い。やはり神社もう後継者不足に悩まされ、地方などでは神社が丸ごと絶えてしまうこともある。
今回は、工事の中断によって合祀の予定も伸びてしまい、先に神主が亡くなってしまったようだ。受け入れ先の神社はもともと神主が更に離れたところで兼任していたらしく、いまだに合祀は進んでいない。

それなのに住民は全員いなくなり、あとはダムに沈むのを待つだけとなってしまった。


「信仰を失えば消滅するだけ。その絶望で堕ちてしまったんだと思う」

「チッ、なんつークソメンタルだ」

「かっちゃん…僕も気持ちは分かるな」


出久の痛ましそうな顔は、同じ氏神として堕ちるほどの絶望に理解を示していた。勝己は舌打ちを隠しもしない。


「この路線沿線で、赤子の霊に自殺者の霊が集まって集合体になってた駅があった。あれも、こいつの悪影響で起きたことだろ」

「えっ、そうなの」

「この亜空間を通して、現実世界と冥界が繋がってんだ。邪気が沿線に溢れてやがる。すぐ悪霊化すんぞ」


なんと、洸汰とエリもこの亜空間から漏れ出た邪気によって悪鬼となろうとしていたらしい。確かに同じ路線である。


「僕が思いつく方法としては、大字切島原の氏神を見つけて、邪気を祓って、自分でこの亜空間を諦めさせることだね」

「チッ、しゃーねぇな…おいデク、てめぇまで当てられたら面倒だ、さっさと帰れ」

「もう、呼び出しておいて」

「ご、ごめん」


確かに出久がここにとどまるのは良くない。勝己の言い方が悪いので代わりに応利が謝ると、出久は笑って「気にしないで」と答えた。


「頑張ってね。…ここの氏神は、とてもいい人なんだ。どうか、お願い」

「…分かった」


そう言うと、出久はポンと音を立てて煙に飲まれれて姿を消した。
勝己はそれを無感動に見送り、ホームの柵の向こうを睨みつけた。


「…あの明かりがあるところにいる。行くぞ」

「…了解」


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