PAR AVION 酩酊メーデー−1
●PAR AVION続き
パイロットのツートップ×乗務員主
春の風が東京湾から吹いてくる。
海のキラキラとした光を眺めながら、応利はベランダの柵に手をついてぼう、としていた。
各航空会社に宛がわれたオフィスの海に面したベランダは、こうして社員がたまに海を背景に飛ぶ飛行機を眺める姿が見られる場所だ。
手前の滑走路には、首都の空港に相応しくひっきりなしに飛行機が離着陸している。
ふと、背後に人の気配を感じた。その直後に聞き慣れてしまった声がかけられる。
「応利、」
「…轟か」
振り返って見てみると、スーツ姿の轟がいた。制服でないところを見るに、まだ勤務時間ではないようだ。
「どうしたの、こんな時間に」
「応利のシフトだと、この時間は空いてるだろって思って早く来た」
「なんで俺のシフト知ってんだよ…」
確かに今日は、午前中の仕事と午後の仕事との間に変に時間があって、今はその隙間時間にあたる。今日はイレギュラーな仕事の日なので、フライトはない。
轟は応利の指摘には返さず、隣に立って滑走路に視線を向ける。さらさらとした髪の毛が風に揺れた。
「お前、今日はどこ行き?」
「シァメン」
「…空港コード」
「XMNだ」
「あぁ、厦門な。中国語発音で覚えてんのかよ」
「その方がコード覚えるの楽だぞ」
航空業界では、都市と空港それぞれに振られたコードを覚えるのが普通だ。法則はあるにはあるが、スリーレターと呼ばれるように3文字で表現しなければならないため、その文字列には限りがある。
例えばニューヨークシティのジョン・F・ケネディ国際空港は、都市コードはNYC、空港コードはJFKと分かりやすい。
しかし大阪はOSA、関西国際空港はKIXと単純な文字の省略ではないこともある。
厦門(Xiamen)のように、標準中国語発音の英語表記によるコードであると、アモイという発音と文字列がまったく合わず、どこのことか分からなくなる。アモイは中国語の南方方言の1つだ。中国の空港や都市は現地発音である方がスリーレターの暗記に効果的というのは確かにあるかもしれない。
「にしても、轟が中国線って珍しいな。わりと欧州便ばっかじゃん」
「担当機長が遅めのインフルらしい。俺は代打でフライトすることになった」
「この時期にかよ…」
なるほどな、と思って応利も視線を轟から滑走路に移す。また一機、羽田を飛び立っていった。
「チッ、んで轟もいんだよ」
「お、」
とそこへ、また聞き慣れた声が一つ。
2人して振り返ると、爆豪がパイロットの制服を着たままベランダにやってきていた。
応利の隣、轟の反対側に立つと、応利越しに轟を睨む。
「いや、なんで爆豪もいんだ」
「さっき帰国したところだ。応利のシフトだとこの時間空いてるだろ」
「お前もなんで俺のシフト把握してんだよ…」
なんだかんだ似ているというか、爆豪も轟も同じ思考回路で困る。轟は気にしていないようだ。
「爆豪はどっから帰国?」
「ブリュッセルから貨物便だ」
「えっ、ブリュッセル?しかもこの時間に?」
「マウリッツハイス美術館の収蔵品を都内の美術館に貸し出すんだと。それで急きょ、ブリュッセルから羽田に直行だ。搬入に手間取ってクソ遅延してこの時間になっちまった」
「あー…俺は貨物詳しくねぇけど、マウリッツハイスってハーグの美術館だよな。そっか、スキポールは飛んでねぇもんな」
通常の旅客機は、客席の下の半分以上が貿易貨物のスペースとなっている。それとは別に、客席スペースの一切ない貨物専用機が存在する。大型貨物であったり、美術品の輸送などにも使用される。
マウリッツハイス美術館といえば、真珠の耳飾りの少女で有名だ。オランダのデン・ハーグにある美術館で、オランダの空港であるスキポールではなく、もっと大きなベルギーのブリュッセルから日本に直行してきたらしい。
都内の美術館への輸送ということで、今回は特別に通常は飛ばないブリュッセルから羽田空港への直行便である。
「本当ならもっと早く帰国して、応利をメシに連れ出す予定だった」
「俺は聞いてないけどなそれ」
「俺も昼飯誘おうと思ってた」
そしてどうやら、轟も爆豪も昼食に誘おうとしてくれていたらしい。だが、応利はもともとそんなことは聞いていないし、何より誘いに応じられない理由がある。
「俺、さっきの仕事が新しい欧州便の機内食の試食だったからさ、腹いっぱいなんだよな。また今度にしてくれ」
「マジか…」
2人して同時に落ち込むあたり、本当に似ているところがある2人だと思う。