食い倒れヒーロー−3


事務所に戻ると、応利はどかりとソファーに腰かける。環も私服に着替えてから戻って来た。背もたれに深くもたれると、環が隣に座ってくる。ソファーが沈んで、応利の左側が落ち込んで少し体が傾く。



「…いや、なんでわざわざ密着するほど隣に座んだよ」

「なんとなく」

「んーこの野郎」


向かいにもソファーはあるのにも関わらずの姿勢に応利はため息をつく。やたら自分に自信がなくメンタルが弱いくせに、変にこうやって大胆なのだ。
だが、環の右腕が応利の背中に回されようとして、踏ん切りがつかず膝に戻るのを見て、やはり臆病だと応利は呆れた。

インターンにやってきて半年、もうあの夏の気弱さはなく、しっかりこの事務所の一員のように働いてくれる。外は雪が降りそうなほど寒くなった。こんなにも変わったのに、そういうところは一向に変わらなかった。
さらに体格も良くなったわりに小心な青年のために、応利は少し優しくしてやることにした。一応もう大人なのだ、応利は環の自分に向ける気持ちの種類くらい分かっている。


「…環君、俺寒いなぁ」

「…、応利さん……」


聡明な環は、すぐに応利の言葉の意図に気づく。パッと顔を赤らめたが、意を決して腕を動かした。ゆっくりと、まさに恐る恐るといった感じで、ソファーの背もたれの上を通して応利の肩を抱く。意外と温かい環の無駄のない引き締まった上体と腕に触れ、悪くないなと思った。
柔らかく、触れるか触れないかといったところで応利の肩を抱く、というより肩に腕を添える環。もう一歩は無理か、と応利は仕方なく動いてやることにする。

隣の環に向かって、少し体を傾けたのだ。環にもたれる姿勢となり、より強く密着したことで環がぴゃっと跳ねる。


「わ、あっ、応利さ…!」

「俺にここまでさせてそれだけ?」


首を傾げつつ、環の鎖骨あたりに頭を乗せると、環のごくりとつばを飲み込む音がはっきりと聞こえてきて内心笑いそうになった。あからさますぎる。
環は再度、手を応利の肩に寄せて掴もうとした。

そのとき。


「帰ったで!!」

「わっ、」

「おかえりなさい」


再び環は跳ね、手は背もたれに打ち付けられた。そんなに驚くことかと思いながら太志郎に手を振ると、太志郎はポカンとこちらを見やる。


「…犯罪やで応利」

「やかましいわ」


環は今年17歳、応利は23歳、太志郎は28歳、そういえば2人のちょうど中間くらいの年齢だ。そう考えると確かに後輩相手に迫る不埒なヤツのようだが、迫ってきているのは基本環である。


「俺にもそれくらい来てくれてええんやで?」

「うるさいな、てかなんで萎んでんの?」


そう、太志郎はなぜか個性を使い切った萎んだ姿になっていた。スマートになって、いつもの丸くて愛嬌のある外見は鳴りを潜め、どこか危ない雰囲気すら感じるイケメンになっている。初めて見たときは詐欺だと思った。


「あのあと別件でな、結構な人数沈ませてもうたんや。したらあっちゅう間にファットさんシュットさんになってもた」

「うん、で?シュットさん、クレープは?」

「アッ…」


太志郎は一瞬ヤバイ、という顔をしたあと、なぜか空いていた応利の反対側の隣の席に座って来た。環のときよりも一気に沈み、その反動で揺れた応利を太志郎が肩を抱き寄せる。


「く、クレープより甘いモンあげよか?」

「クレープはどこだって聞いてんの」


なだめようと焦った笑みを浮かべるその端正な顔を睨んでやると、太志郎は手を肩から腰に回す。さすがに力ではかなわず、ぐいと引き寄せられ、大きな手で顎を掬われた。眼前に迫る太志郎の目は妖しい色を湛えていた。


「あんま生意気言うとると、塞いでまうで…口で」

「っ、ファット」


すると環が意外にも強い口調で窘めて、応利の肩を掴んだ。先ほどは期待もできなかった力強さだ。


「なんや、やるんか環」

「…必要なら。俺、は、ここで、ぼけっと見てるような、男では、いたくない…!」


声にもいつもより覇気があって、応利を庇おうという意思があった。格好いいとこあるじゃん、と思いつつ、目で太志郎に訴えかける。勇気を出した環に配慮しろというのはきちんと伝わったらしい。なんだかんだ身内に甘く、面倒見のいいヤツだ。はあ、とため息をついて、太志郎は応利から手を離した。


「ええか環、今はお前がまだ高校生やさかい許したるけどな、あと2年もしたら手加減せえへんで」

「三十路には負けない」

「やっぱ今殴ったろか!」

「うるせぇわ!太志郎はクレープ買って環は帰る準備!はい700hPa、」


いつまでも終わらなさそうな2人が応利をまだ挟んでいるため、応利はついに個性を使って黙らせた。人の居住領域気圧で減圧を開始したのだ、なんと優しいのだろうかと自分でも思うのだ。


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