バレンタインという風習があることを知って手作りのお菓子を渡そうとしたら「お前が作ったものは不味そうだから食べたくない。」と言われた。買い物に付き合ってほしい(デートのつもりで)と頼んだら「面倒だからイヤだ。」と言われた。酔った勢いで“あたしと寝てみない?”と冗談半分(本気半分)で誘いをかけてみたら「お前相手にそんな気にならないし、お前に使う○△×(※非常に不適切な発言があったため伏せさせて頂きます※)が勿体無い。 そもそもお前相手に勃つとも思えない。」と言われた。
あたしにとってクロロ=ルシルフルとはつまり“こういった男”で、冷静沈着で冷徹で“他人”は利用するためだけにあって、“女”として利用されないだけあたしは仲間として尊重されているのだ、と思うことで何とか自我を保ってきた。
それなのに。そんなあたしの視界には、あたしの了見をまるで無視した光景が飛び込んできた。
たまたま街を歩いていたとき(クロロの素振りに何となく違和感を抱いて後を尾けてきた、というワケでは決してない。)、クロロと並んで歩く“女”を見た。はじめこそ合点がいかなかったものの、「そうか、次の仕事でその子を利用する気なのね。」と考えを切り替えることでやっと冷静になれた。計算高いクロロが無意味なことをするはずがないのだ。
……なのに。それなのに、クロロのあの柔らかい雰囲気は何だ。普段の根暗スタイル(黒尽くめの服装を好んで着ているためあたしは陰で“お先真っクロロ”と呼んでいる。)とは違い、ワイシャツにジーンズという爽やかな出で立ちで、クロロでいてクロロじゃないみたい。少なくとも、“団長”の姿ではなかった。
“女”は気味の悪い、白っぽい髪色(銀髪というのか?)に、見るからにワガママでナマイキそうな顔付きをしていた。美醜のほどは……人によって観点が異なるから言及はしないけど。……けど、あたしのほうがクロロとの付き合いはずっと長いのに。どうして、そんな子にそんな風に笑いかけるの。次第にイライラとした気持ちは募っていく。
しかも、ヤツらが向かった先はあろうことか水族館。これがことさら我慢の限界を破った原因となった。
ガキか! ふざけんな死ね! カァー!ペッ!っと唾を吐き出してやりたくなるわ! お魚くわえたドラ猫どころの騒ぎじゃないわ!
あの野郎! あたしがいくらアタックしようとも欠片も気にも留めなかったくせして! よりによってガキんちょが足を踏み入れるような水族館を選んだだとう!?
「あんなどこの馬の骨とも知れない女のどこがいいんだか!」
「あはは、戸愚呂って小姑みたい。 別にいいじゃん。 プライベートのことなんてどうでも。」
ぐちゃぐちゃにドロドロになった思考を、気が付いたらぐちぐちシャルに吐露していた。(シャルは文句を言いつつ何だかんだで話に付き合ってくれるので、たまに本当はいいヤツなんじゃないかと思う。)
けれど、長年の鬱積した気持ちはそう容易く晴れるものではない。それぐらいあたしはショックを受けたのだ。「愛をとりもどせ{emj_ip_0792}」を全力で歌ってもちょっと燃料不足だと思う。……じゃ、なくって。
兎にも角にも、だ!
「いくないの! 少なくともあんな男に青春を注いだあたしが可哀想だ!」
「戸愚呂って昔から“クロロ”にぞっこんだったもんね。」
「違うよ! ちょっぴり好きだっただけだから!」
「へぇ? その割に未練タラタラそうだけど?」
「それはまだ失恋の味を噛み締めてるだけ!」
「それを未練タラタラって言うんだよ。」
シャルはさも分かったような口を利く。あのねぇ、キミみたいな愛も恋も知らないような人間にねぇ、簡単に諭される女じゃあないんだよ、あたしは。
「そもそも、戸愚呂って団長に幻想を抱きすぎじゃない?
団長だって戸愚呂たちのいないところでは下ネタの一つや二つくらい普通に言うし。 まだまだ楽しみたいお年頃でしょ。」
「やめてよ! 分かってるけど! わざわざそこ強調しないで! クロロのイメージが崩れる!」
「ほら、幻想でしょ。」
「…………。」
だからと言って、そんな生々しい慰めは聞きたくない。だって、クロロは何だかんだ言ってかっこいい。一緒にいて、憧れずにはいられない。だからこそクロロが団長になった。シャルだって、あたしの気持ちは理解できるはずだ。
それなのに、この馬鹿は他人事だと思って完全に楽しんでいやがる。やっぱり見かけだけのいいヤツだったようだ。ツラだけ爽やかボーイめ。その童顔にベビーパウダー塗りたくってサラサラにしてやろうか?
そんなあたしの心中を察することもなく、シャルは身を乗り出しわざわざ耳打ちをしてきた。うっ、何とも言いがたい距離感だ。
「で、どうだった? 団長の彼女、可愛かった?」
へんっ! なにさ、プライベートはどうでもいいなんて口では言いつつ結局シャルだって気になってるんじゃん。
ま、話に付き合ってくれたから少しは教えてあげるけどね。
「うん、すっごいブスだったよ。 クロロったらゴリラの飼育係でも始めたのかと思っちゃった。」
―― 多分あのメスゴリラの名前はゴレイヌ=ゴレイヌ。ゴリラを増減させる能力の持ち主ね。ゴリラの生態を調べるのに打ってつけの人材といったところかしら。その能力欲しさにクロロはあの子を……
あたしがそう語り部を始めようとしたとき、シャルは横に引きつったような笑みを浮かべた。俗に言う苦笑いだ。
……そしてあたしは全てを察した。
「戸愚呂。 お前、今日オレを尾けてきたな?」
あたしの背後にいる“誰か”は確実に怒っている。これ、ホラーじゃないですよ。本当にあった怖い話です。
170913
(※水族館のくだりについてはこちらから。)