―― 世界は“未知”で溢れている。

 夜のとばりが降りてきて、辺りは静寂に包まれた。街灯もない“この地”では、天と地上の距離が恐ろしく近い。
 その理由は明白である。足の踏み場もないほどの残骸がそこら中に廃棄されていることが、景観を圧迫する原因となっているのだ。

 油絵具で塗りたくったかのような濃淡の付いた夜空は、細かい銀砂でびっしりと覆い尽くされていた。
 今晩の“宿”を確保すべく、少女は使えそうなガラクタを見繕って並べ始めた。極上とまではいかずとも、寝心地は多少なりとも良くしておきたい。
 そして、彼女は目ざとく廃棄物の間から小汚い毛布を見つけた。薄っぺらくたって、無いよりは幾分かはマシだろう。埃臭いそれを身体に巻きつけると、彼女は寝そべって空を見上げた。

 闇夜に絶え間なく瞬く“あの光”が欲しい。あれは「星」と呼ばれ、ヒトの手には決して届かない場所で燃え続けている代物、だそうだ。
 ―― けど、あんなに沢山あるんだから、一個くらいくすねたって構いやしないでしょう?
 少女はそう闇に問いかけつつ、ゆっくりと眠りに落ちていった。
 己が劣悪な環境下に置かれていることを、彼女は未だ知らない。

 ◇

「で、“例のモノ”の場所は分かったの?」
「うん。 なにせ今日の目玉だからね。 オークション会場のど真ん中に堂々と“おわしました”よ。
 もっとも、さすがに堅固な防犯対策は敷いてるみたいだけどね。」

 今宵、この客船の中では“闇オークション”が開催される。表には決して出回ることのない訳あり商品の数々。その中で最も価値のあるものが、今回の獲物である。(会場が船上であるのは、警察から嗅ぎつかれにくく、逃走経路を確保しやすいからだろう。)
 “呪われた王妃の首飾り”は無数のダイヤモンドが精巧に散りばめられた、見る者を魅了する傑作である。(詳細はよく知らないが、かつて繁栄を極めた王家の至宝であったらしい。盛者必衰のことわりに則って、その王家は呆気なく没滅したそうだが。)
 「時価数百億はくだらないだろうね」と見立てたのは戸愚呂本人である。

「でも、オークションまで少し時間あるんでしょ? どうする?」
「んー、“仕事”に取り掛かるのはまだ早いし、試しに豪華客船ってやつを堪能してみようか。
 こんな機会、そうそうないしね。」
「そうこなくっちゃ! あたし、高級ビュッフェとか、ビュッフェとかビュッフェとか食べに行きたい!」
「分かった分かった、行こう。」

 戸愚呂は急かすようにオレの腕を掴むと、レストランへの道を指し示した。どうやら淑女の嗜みとやらは頭から無いらしく、裾を引きずったまま歩き出そうとしている。
 豪奢なドレスで普段より多少は大人っぽくなったのかと思いきや、やはり戸愚呂は“戸愚呂のまま”なので思わず笑ってしまった。


「シャル……美味しい、美味しいねえ……!
 あたし、いま初めて実感した! 地球に生まれて良かった!」
「大袈裟だなー。」

 まるで天上の食べ物でも口にしたかのように、戸愚呂は感嘆の声を上げた。頬を綻ばせて、喜色を前面に押し出している。こんなことで生きてる実感が得られるなんて、呑気で幸せなヤツ。
 オレとしては、ここの料理も、戸愚呂が作った物とそう変わらないと思うけど……と考えつつワインを口に含む。(こんなこと言ったら「シャルって味音痴なの? 馬鹿なの? 可哀想な子なのね。」って目の前にいるバカ女に小馬鹿にされそうだから、死んでも口には出さないけど。)

 白いクロスが被さった円卓テーブルの上には、戸愚呂が意地汚くかき集めてきた料理の他に、小洒落た燭台が置かれていた。
 ぼんやりと灯るロウソクの火を何気なく眺めていると、戸愚呂の胸元で翠色の何かが光るのが見えた。
 そこに視線を向けると、どこか見覚えのある小石が遠慮がちに瞬いていた。

「あれ……? その首から下げてるのって……。 もしかして、オレが昔あげたやつ?」
「そうそう、正解! シャルも覚えてたんだ! っていうか、むしろ気付くの遅いぐらいだよ!」

 オレが気付いたことがそんなに嬉しかったのか、文句を垂れつつも戸愚呂は子供のような笑顔を浮かべた。


 当時、大した動機も動因もなかったように思う。

 子供の頃、皆でしたガラクタ遊び。“宝探し”と称して珍しい物をほうぼう探すだけの児戯……であるが、意味のないゴミが宝物へと変わる瞬間でもあった。
 無知な自分たちには、例えガラクタといえど、未知で不可思議で魅力的な存在であったのだ。
 そんな他愛もない遊びの中で見つけた、翠緑の小石。
 戸愚呂のように価値の良し悪しなどは分からなかったが、太陽の日に透けてぴかぴか光る“それ”が綺麗だったから、戸愚呂にあげた。
 ただ、それだけの話だ。
 ―― 何故なら、いつだって彼女の憧憬の眼差しは、別の少年へと向けられていたからだ。冷静で思慮深く、“現在”と変わらず皆のリーダー的存在だった男に、だ。

 そんな身を潜めていた記憶が淀んだ水面から蘇ってきたが、尚のことオレは呆れ返ってしまった。

「……まだそんなもの持ってたんだ。 それ、大した値打ちもないんだろ?」
「だって、純粋にプレゼントをくれたのってシャルが初めてだったから。
 高価じゃなくたって、あたしの思い出の宝物だもの。 いちいちケチつけないでよね。」
「ふぅん……宝物、ね。」

 無数のダイヤモンドで造られた首飾りより、だいぶ色褪せて見えるエメラルド。
 まさか、戸愚呂がこんなものを大事に持ち続けていたとは思わなかった。そして、数々のお宝を目にしてきたのにも関わらず、ゴミ同然の小石を“宝物”と呼べる戸愚呂の神経もまた、オレには理解できない。
 じわじわ頬が熱くなってきたのは、ワインの酔いが回ってきたせいだ。そうに違いない。……そういうことにしておこう。
 いかなる理由があろうとも、仕事に支障をきたすのはまずい。チェイサーで薄めてしまおう。もしもこれでしくじるようなことがあったら、本末転倒もいいところだ。(そうして団長に笑われるのは大勘弁である。)

「ん……? なに、この音楽?」

 水に手を伸ばすと、どこからか軽快なワルツの調べが聴こえてきた。どうやら、分限者お待ちかねのダンスパーティーが始まったらしい。
 その音楽を聴き、戸愚呂は仰々しく溜め息をついた。

「はぁ、お金持ちって良いねぇ。
 ご馳走食べて、ダンスして。 羨ましいなー。」
「……なら、オレたちも試しに踊りに行ってみる? せっかく戸愚呂もドレスアップしてることだし。」
「でも、あたしダンスのステップとかマナーとか分かんないよ。 シャルの足踏んじゃうかも。」
「いいよ、適当で。 故郷じゃそんなこと気にするヤツいなかったろ?
 第一、あれこれ考えるのなんて戸愚呂らしくないよ。」

 これは酔いついでの行動であり言動なのだ。
 しかし、戸愚呂は「それもそうだね。」と納得したように呟くと、彼女特有の人懐っこい笑みを浮かべた。
 こうして、紛れ込んだエメラルドは、彼女の動きに合わせるよう生き生きと輝き始めたのだ。

171218
(ちょっとしたオマケ?)