―後日
書類に目を通していると同僚から呼ばれた。
「グラディオ、来客だぞ」
「来客?」
目頭を押さえて軽く伸びをしながら聞き返した。
「先方大分怒ってるぞ。お前今日アポイント入れてたの忘れてたのか?約束の時間になっても来ないからオフィスに来たって言ってたぞ」
グラディオはしまった!と言いながら椅子から飛び上がり入口へと向かった。
最近付き合いだした恋人との身体の相性が良すぎるが故に、毎夜情事に飲みこまれ過ぎてしまっていたとここ最近の自分の行動に溜息をついた。
新人でもあるまいし、まさか仕事でこんな失態を晒すとは...
謝罪の言葉を頭に浮かべながら入口を見ると、見慣れた顔が悪戯っぽく笑いながらグラディオを見やった。
周りのスタッフ達も笑いを堪えきれず声が漏れている。
「ソウェイル...」
「焦ってるグラディオ見るのって新鮮だね」
楽しそうに笑う姿を見て苦笑いを零した。
デスクへと戻り、笑い転げる同僚を横目にグラディオは荷物を取った。
「今日はこのまま直帰するからよろしくな」
「おぉ、ソウェイルと一緒にか?」
「んー、まぁな」
「たまには俺らとも飲むように言ってくれよ」
わかったわかった、と言いながら部屋を出るとソウェイルもまた他のスタッフ達から声を掛けられているようだった。
◆
「好きなもの頼めよ」
「じゃあ、このコースでも良いの?」
ニヤニヤとソウェイルが指差したのはランチにしては大分値段が高いコースだったが、許容範囲だとグラディオは思った。
ちなみに今まで自分が付き合ってきた女性達にも言われたことはないし、自分からご馳走をした事もない。
アポなしで会社に来て同僚たちを巻き込んで驚かせた...くらいで済んで、尚且つ今まで通りこうやって変わらずに友人として会えるなら安いものだ。
イグニスと会ってからの事を話に来たことはすぐにわかった。
ソウェイルがオーダーしたのはサーモンとアボカドがふんだんに乗ったサラダランチだった。
「なんだよ、さっきのコース頼めば良いだろ」
「んー...でも夜も外食になるから」
そうか、と言ってグラディオは肉料理をオーダーした。
テラス席での食事が気持ちいい気候だ。
「どうして飲みに行った時に言ってくれなかったの?」
水を一口飲んでからソウェイルは言った。
何の事を言っているかはすぐにわかった、誰と誰のどういう事かも。
「本人の口から聞いてほしかったんだよ」
グラディオは目を逸らさずに言った。
「それに」
続けようとしたところでオーダーしたランチが到着した。
「あの時酒も入って酔ってただろ?あそこで俺の口からその話をしたらお前は会うのを止めたかもしれない」
言われてソウェイルもそれは否定できないなと思った。
「で、やっぱり会ってみたいと思ったところでお前は言いだしづらくて言わなくなる」
当たりだ。自分ならそうなるだろう。
「...かなり言葉に迷ってたよ。」
少し口を尖らせてソウェイルは言った。
「でも正直に話したろ?」
「そうだけど....もし隠して私との付き合いが始まったらどうするつもりだったの?」
それは賭けだった、とはさすがに言えなかった。
だが、イグニスなら言うだろうと信じていた。
その気がないのに会うようなこともしないだろうし、そんなイグニスが会ってみようという気になったならもしかすると...と思ったのと信じているのとが入り交じっていた。
「諦めて欲しくなかったんだよ」
ソウェイルは怪訝な顔をした。
「ソウェイルにもイグニスにも。お前たちはきっと誰かと人生を共にしなくても一人で十分楽しむ術を知っているし仲間にも恵まれてる。でもこの先の日々...隣で笑い合う幸せを諦めて欲しくなかった」
「グラディオ...」
複数人の女性と付き合ってる自分はどうなのか、という視線を投げられ
思わず両手を上げて降参のポーズを取った。
ふふっと小さく笑ってソウェイルはコーンポタージュのスープに手を付けた。
もう笑顔は向けてくれないものだと思っていたから安堵した。
「断りづらいなら俺から言っておく」
そう言ってグラスを手に取りグラディオは水を飲んだ。
「あ、結婚するよ」
ゴクリと喉が鳴る音が聞こえてすぐに咽こんだ。
「わ―...マンガみたいな反応」
ナプキンを口に当てながらグラディオは咳き込み、呼吸を整えた。
ソウェイルはアスパラが新鮮で美味しいとご満悦の様だ。
「ま、待て...付き合う、じゃなくて結婚?」
「うん。結婚前提で付き合って欲しいって言われたけど...結婚してくださいって私が言っちゃった」
交際0日婚と巷の芸能人の結婚ニュースで見てはいたが、実際自分の身近にもあるのだなとグラディオは深く息を吸ってはいた。
ソウェイルの顔を見ると意外にも幸せそうに話している。
「まぁ何にせよお前が良いならいいよ。」
「うん。でも...そのままの状態で良い代わりに私もお願いごとをしちゃった」
まさか、ソウェイルに限って...とグラディオは思ったが、女性の心は海よりも深い謎を持っているものだと何かの本に書いてあったのを思い出し話に耳を傾けた。
折角の肉料理の味は―覚えていない。