「条件―」

ソウェイルは頷いた。

ホテルで初めて顔を合わせてから今日までの間に、イグニスとソウェイルは食事を重ねた。

お互いの趣味や家族の話、現職場の話など他愛のないものだったが心地よい時間だった。
自然と敬語も取れてラフに会話が出来るまで時間はかからなかった。


「彼との関係はそのままで良いけど、ただ...」

俯き考えるソウェイルの言葉をイグニスは待った。
ドクドクと脈打つ自分の心音が相手にも聞こえているのではないかと思った。

「彼の情報はこれ以上私に言わないで欲しいのと、相手にも一切私の情報は教えないで。名前も写真も職場も...全て。」

ソウェイルは続けた。

「それから、私と居る時は相手と連絡取るのはしないで欲しい。家の中には持ち込まないで欲しいの。」

イグニスは頷いた。
恥ずかしさを必死で隠しながら伝えるソウェイルの姿を愛おしいと感じる。

「あと...彼に会うときは『出かける』とだけで良いから。会ってから24時間は私には触れないで欲しい」

意外な条件にイグニスは不思議に思ったが小さな声でソウェイルは、相手が男性と言えど他の人に触れた手ですぐに私に触らないで欲しいからと言った。


今までの自分だったらこういう条件を出されるくらいなら結婚などしなくてもいいと思っていたかもしれない。

だが―

「ソウェイルの言う条件はすべて呑む」

そう言ってイグニスは向かい合って座っているソウェイルの左手に自分の右手を重ねた。

「ソウェイルの事は一切言わない。調べさせない。会うのは殆ど週末になるとは思うが毎週ではない、だから―」

だからどうか側に居て欲しい。

端から見たらなんていうことを言い合っているのだと言われそうだが

受入れようとしてくれた彼女の願うことは叶えられる限り叶えようと決めた。
「別れればいいじゃない」とは言わずにそのままで良いと言ってくれた彼女の為に...。



「すごくおいしかった、ありがとうイグニス。ご馳走様」

ホテルのレストランを出て車へと向かう途中、ソウェイルは辺りのイルミネーションに感嘆の声を上げていた。

自分と同じ年なのに幾分幼くも感じる姿を見て、イグニスは思わず自分の腕の中へと収めた。

「ソウェイル...」

あまりにも自然な流れでイグニスは口づけをしてきた。
もう何度もそうしているように、違和感などなかった。

食後に出された温かいミントのハーブティーがほんのりと感じる。

唇が離れてイグニスを見ると額へと口づけをされ、再び腕の中へ抱き締められた。


「....なんだか意外」

「そうか?恋人同士なら普通だろう」

広くて温かい胸の中に居ると心音も聞こえて眠ってしまいそうな心地良さがやって来る。

次の休みの日には婚約指輪を見に行こう―

そう伝えようとした瞬間、ソウェイルは再び顔を上げてイグニスを見上げた。

「どうした?」

そう言いながら頬に手を添えたと同時にイグニスは“しまった”と思った。

眉根を寄せながらソウェイルが聞く。


「これ以降二度と聞かないから正直に教えて欲しいんだけど、イグニス昨日は...?」

この時間は確かに一緒に居た“彼”と。


「...24時間だったな」

ソウェイルはみるみる機嫌を損ねた顔になり、今日はタクシーで帰ると言いだした。

ホテル入口へと戻り、イグニスは目が合ったスタッフへ軽く頷くと直ぐに止まっているタクシーへ合図をして扉を開けた。


「家に着いたら連絡をして欲しい...その、心配だから。それから、機嫌も直してはくれないだろうか?」

―イグニスはきっとソツなく何でもこなすし、女性に対しても紳士だと思う。
グラディオの話からもそれは聞いて取れたし自分も接していて感じる。
所謂“完璧”に見える人間だ。

そんなイグニスが不安そうな瞳で見ている。

つい、子どものように膨れてしまったが自分だってこんな風に帰りたくないし
ましてや相手を不安にさせたままにしたくはない。

巷の恋愛指南書の様なテクニックなんて無意味だ。

邪な気持ちで相手をコントロールしようとして不安にさせたままなら、いずれそれは自分にも返ってくる。

イグニスには素直でありたいし、誰にだって間違うこともある。

ソウェイルはふいに首元に手を回し背伸びをしてイグニスの頬にキスをした。
イグニスの驚いた顔に思わず笑ってしまいそうになった。

「おやすみ、イグニス。着いたら電話するね」

「あぁ...おやすみ、ソウェイル」

タクシーのドアが閉められ行先を継げ、窓からの景色を見つめていた。

こんなこともあったな、と数年後には思い出すのだろうか。

フィフティフィフティ。

イグニスは一方的な事をいう人間じゃないのは話してみてわかる。
好きなようにお金を使っていいからうるさく言わないでくれ、というタイプでもない。

自分も条件を出したら平等だろうか?と思った。

それと同時に嫉妬もしないように...それは自分自身もそうだし相手側も。

男女問わず人はいつ嫉妬の念に駆られるか分からない。

知らない事で幸せな事もある。

「...半分じゃなかったな」


イグニスはまるまる一つ、呑みこんでくれたように思えた。



In Love Again