王都城からノクトの住んでいるマンションまでタクシーを使って向かい、エントランスの前へと留まった。
「こんにちは、お疲れ様です」
外に居る警備へと挨拶をして、以前ノクトから教えてもらったオートロックの暗証番号を打ち込みエレベーターへと乗り込んだ。
最上階へと着き、部屋のインターホンを鳴らす。
『―はい』
「あ、イグニス、私」
『あぁ、シギルか』
プツリと音声が切れて玄関のドアが開いた。
「シギル、どうした?ひとりなのか」
「うん、イグニス居るかなと思って..」
スリッパを履き中に入るとふんわりと良い香りが漂った。
雑誌や書類がまとめられ、大きなごみ袋が3袋隅に置いてある。
「ノクト、どうやったらここまで溜め込めるのか毎回七不思議だよ...」
「本当だな、よくこれだけ出てくるものだと毎回感心する」
イグニスは笑った。
「今日は両親と会っていたんじゃないのか?」
料理の続きに取り掛かりながらイグニスが尋ねてきた。
「うん、知ってたの?相変わらずバタバタだったけど見送りも出来たよ」
「そうか、ルシス王国の為に忙しくされているんだな」
手際よく細かく、野菜嫌いのノクトの為に包丁で刻むイグニスの手元をカウンター越しに眺める。
「良い香りがする」
「今日はいいハーブが手に入ったからな。煮込み料理にしたんだ」
「私も手伝っていい?」
「あぁ、勿論。助かるな」
イグニスの隣に立ち、野菜の皮をゆっくりと剥いた。
「そういえばね、進路調査の紙配られたの。ノクト将来の希望職種王子って書いてた気がする」
「まぁ、間違ってはいないんだが...」
苦笑いを零しながらイグニスは細かく切った野菜をボウルに入れ、オリーブオイルと調味料で混ぜ合わせた。
「できた!」
「あぁ、ありがとう。後は煮込むだけだ」
再びカウンターの方へ戻ろうとしたが、後ろからイグニスを眺めた。
身長は自分よりきっと20センチちょっと高いだろう。
意外と背中が広く、腕もしっかりしている。
引き締まった身体は日々の鍛練を欠かしていない事を表しているとシギルはしげしげと見つめた。
食材の下ごしらえをすべて終え、包丁やそのほかの調理具をシンクへと置きイグニスはシギルへと振り返ろうとした瞬間―。
「あぁ、そういえば―」
後ろからギュッと抱きつかれて一瞬驚いたが、イグニスは振り解かなかった。
「....どうした?」
肩越しに顔を斜め後ろに向けるが、俯きながら抱きついているので表情は見えない。
イグニスは自分の腹部に絡んでいるシギルの腕に手を添えて軽くぽんぽんと叩いた。
「シギル―。」
少し腕を緩めさせ、体勢を変えて正面に向き合いそのまま包むようにシギルを抱き締めた。
子供をあやす様に背中を軽く叩きながら、イグニスは遠い昔にもこうやって何度も抱きしめたことを思い出した。
「....怒られるかと思った」
「怒る?」
「もう、子供じゃないんだからって」
「あぁ...」
イグニスは背中を擦り、抱き締める力を少しだけ強めシギルの頭へと鼻を埋めるように抱え込んだ。
ローズと花の香りがブレンドされた甘い香りが柔らかく入り込んでくる。
シギルもまた、広く大きなイグニスの身体に包み込まれ、温かい体温とふわっと鼻を掠める香水が心地よさと眠りを誘う。
男性には珍しい、白い花を思わせるような優しい香りがする。
「覚えているか?昔にもこうやっていつも抱き締めていた事を...あの頃と変わらずに求めてくれるのは嬉しいものだ」
小さい頃の自分と重ね合わせて見られているのは嬉しくもあり、同時にイグニスにとっては自分はそういう“小さいままの対象”なのだと思えて少しだけ寂しい。
「....嬉しいと言ったら不謹慎か」
そう言って笑うイグニスにシギルは顔を上げて慌ててフォローをした。
「そんなことない、私も嫌がられなくて嬉しかったから」
「嫌なわけないさ」
そう言ってもう一度力を込めて抱き締めた。
イグニスはやさしい。
もう少しだけ、と思いながらシギルはイグニスの腕の中に収まった。
久しぶりに仕事で離ればなれとなっている両親と会い、学校からも進路調査の紙を受け取り
色んなことが巡っていることはイグニスにも分かったが
シギルなら話したい時が来たら話すだろうと思い、それ以上は何も言わなかった。
「―そうだ、シギル。ハーブティーを買ったんだ、体も温まって気分も落ち着くだろうから飲まないか?」
「うん、飲む」
顔を上げてイグニスを見上げると、優しい笑顔があった。
「湯を沸かそう」
シギルはカウンターの方へと戻り、イグニスに向い合って再び座った。
その時ふと、昔の思い出の断片が頭に浮かんだ。
シギル、今日のおやつはね―
ふふっと笑いを零すとイグニスが尋ねる。
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
ハーブの良い香りが部屋に広がり、目を閉じて肺の中を満たすようにすぅっと息を吸う。
もう少しで、お腹を空かせたノクトとグラディオが帰ってくる時間。