翌日―
ノックをするとイグニスの声がして、ドアが開いた。
「シギル」
「おー来たか」
中に入るとグラディオとノクトも居て、今日は皆揃ってフォーマルな装いとなっている。
「ノクト、ネクタイが曲がっている。今日は特に身だしなみに気を付けてくれ。所作もだが...」
「んー」
ルシス王国を表すブラックのスーツにそれぞれ身を包み、シンボルである髑髏のバッジを胸元に着けている。
イグニスは忙しなくノクトのネクタイを直し、ポケットチーフを直し言葉遣いを特に気を付けてくれと言っている。
「シギル、よく似合ってるなワンピース」
姿見にしては大きすぎる鏡の前で自身のネクタイと襟元を手慣れた手つきで整えているグラディオが言った。
「ありがとう!両親がオルティシエで仕立てて持ってきてくれたの」
シギルのワンピースはシンプルな形で体のラインが美しく見えるデザインとなっていて、上品な光沢があるネイビーにデコルテが綺麗に見えるカッティングが施されている。
胸より少し上にウィンクルム家の家紋であるピンブローチを付け、左腕にはルシス王国への愛国心を表したかのような、黒水晶とゴールドのパーツを使った細身のブレスレットを付けた。
「オルティシエには老舗の工房が多数あると聞いたことがあるな」
振り返りイグニスが言った。
「うん、生地屋さんも結構あってウェディングドレスの注文も各国から来るんだって」
そうこうしている内に時間となり、会場へと向かう。
グラディオとノクトが先に出てシギルが後に続こうとした時、イグニスに呼び止められた。
「シギル、これを」
振り返りイグニスを見ると小さな黒いアトマイザーを渡された。
「前に良い香りだと言っていただろう?この中に入れておいた」
「あ、香水!ありがとうイグニス」
前にイグニスから香った香水が忘れられなく聞いたところ、マグノリアを基調とした柑橘をブレンドしたものだった。
男性様にしてはきつ過ぎず奥に花の香りを感じるもので、男女兼用で使えると言っていた。
「付け方わからない」
「そうだな、服を着る前なら腰や膝裏...肩でもいいな」
シギルはワンプッシュ、自分の右手の指に付け
ワンピースに付かないように両肩にのせた。
ふんわりとあの時と同じ香りがする。
「良い香り..」
イグニスと同じ香りがすることで、何となく守られているような心強さがあった。
「ワンピースも良く似合っている」
二人もノクトとグラディオ達の後に続き部屋を出た。
◆
「おめでとうございます、ノクティス王子」
招待客が来城し始め、会場内を埋め尽くすほどの花や電報も運び込まれた。
セキュリティチェックもあるのでプレゼントは一旦警護の方で開けて後に届けられる。
「―ありがとうございます」
父であるレギス国王と共に来賓へと挨拶を交わし、学校ではまず見せる事のない笑顔で対応していた。
「シギル」
今日は両親もアコルドの首相であるカメリアと共に来ていた。
美しい水の都、オルティシエがある南の島国で両親が邸宅を最近買ったばかりだった。
150年前にニフルハイム帝国と戦争をして属国となったが自治を認められた国であり、その後和平協定を結び独立しルシス王国とも友好的な関係を築いている。
首相のカメリアは昔、レギス達の旅の手助けもしたことがあった。
「ワンピースピッタリね、よかったわ」
母のウェヌス、父のノヴムもそれぞれ胸元に家紋のピンブローチが付いている。
両親も各国の首相や要人へと挨拶をし、都度シギルも紹介をされた。
初めて両親の仕事の顔を見た気がした。
両親だけではない、ノクトもイグニスもグラディオも―。
華やかに見えるこの場所は昨日と打って変わって、政治の場でもあるのだと身を持って体感した。
(疲れたわよね?少し離れた場所に行っていいわよ。ノクティス王子と一緒に談笑してる風に...)
ウェヌスがそう言ってニッコリと笑った。
◆
ふう、と小さく息を吐いたノクトの側へと静かに寄り声を掛けた。
「ノクト」
振り返ったノクトへ、最早顔に染みついて明日は顔面筋肉痛になるのではないかという笑顔を向けると、理解したようにその場をさり気なく静かに離脱するように歩み寄ってきた。
日常で考えれば不自然だが、今この状況では自然な状態となるエスコートをノクティスはしようとして呼び止められた。
「ノクティス王子、ご親族の方でしょうか?御学友の方でしょうか?一枚お写真を...」
カメラを構えた記者の前に立ち、ノクトはシギルの顔が見えないようにした。
「あの....彼女は王族ではないので、撮るなら僕のだけにしてください」
素早くイグニスも来て、記者へと対応をした。
「申し訳ないのですが、写真に関しては広報の者と一緒に...」
失礼しました、と記者は謝り広報担当者と共にその場から離れて行った。
見計らってノクトとシギルは手摺のある場所まで移動した。
「ノクト、やるね」
「おー。王子ナメんな」
幸いともいうべきか、端から見ると二人は仲睦まじく談笑しているようにしか見えない。
「あぁ...あのタルト...いつも並んでて即完売するところのだ」
「お前...昨日も散々甘いの食べてただろうよ」
「昨日はあれなかったもん」
「あーフライドポテト食いてぇな」
「ノクト昨日も散々食べてたじゃん...」
「別腹なんだよ」
時折、人目を感じたら口元に手を添えて笑っているようにする。
「ノクティス」
「シギル」
それぞれの親に呼ばれて、向かった。
「末の娘のシギルです」
ノヴムにそう言われ挨拶をし、目の前に居る男は笑顔で帽子を軽く上げ会釈をした。
「初めまして、アーデン・イズニアと申します」
「この御方はニフルハイム帝国の宰相だ」
グラディオと同じくらいの長身の男は終始笑顔で両親と話している。
「ウィンクルムご夫妻にはもう一人ご令嬢とご子息もいらっしゃったかと」
「えぇ、上二人は双子なんです。それぞれ結婚をして家庭を持ち独立しておりますわ」
「それはそれは...末のお嬢様となると可愛くて仕方ないでしょうね」
独特な話術だが、どこか人を惹きつけるような不思議な雰囲気のある男だとシギルは思った。
そしてそれをするりと交わしながらもにこやかに話をするウェヌスも、いつものマイペースっぷりは微塵も感じられなくて驚いた。
「是非、グラレアにもお越しください。お嬢様もご一緒に...是非」
緊張する時間帯は過ぎ、会場内は幾分落着きそろそろ終わりの時間を迎えようとしている。
歩きやすいヒールの靴とはいえ、長時間立ちっぱなしはまだ慣れずシギルは少し足に違和感を感じた。
喉も乾き、ドリンクを取りに行こうとしたとき―
「先ほどはどうも、お嬢様」
アーデンがいつの間にか後ろに居た。
手にはグラスを二つ持っていて、一つをシギルに渡してきた。
「未成年だから、アルコールはナシ...あ、変なものは入ってないから安心して」
そう言って離れたところで談笑をしているノクトに向けて小さくグラスを掲げ一口飲んだ。
折角持ってきてくれたので飲まないのも...と思いシギルも一口飲んだ。
リンゴの香りがするシードルだった。
「チェスは、好き?」
不意に聞かれて驚きシギルは首を横に振った。
「私には向いていないようで...」
「そう。お母様は得意そうだね」
そういえば家の執務室にチェスも置いてあったのを思い出した。
「君のご両親は素晴らしいね。レギス国王陛下の信頼が厚い理由がわかったよ」
そう言ってアーデンはもう一口飲んだ。
「話してみるとね、分かるんだよ。この人はチェスが得意かそうじゃないか...君のお母様はきっとすごく強いだろうね」
シギルはじっと見つめていた。
「そういえば...」
アーデンはシギルへと向き直り、距離を縮めた。
「とても良い香りがするね。花の香りかな?白い花の...さっきどこかで同じ匂いがしたんだよ」
シギルはアーデンの後ろに見えるイグニスの後姿を見た。
視線の先に何が映っているかを見透かしたようにアーデンは言葉を続けた。
「そう、あの眼鏡の彼...王子の側付だったかな。同じ匂いだね」
ドクドクと心臓が波打つ感覚がした。
「良いね。彼に守られているような...抱き締められている感じかな?」
目の前に居る宰相と言われた男は、人の心に入り込み巧みに何かを引き出すことが出来るのだとシギルは感じた。
「今度会った時はチェスを教えよう。」
「今度...」
シギルがポツリとそう呟くとアーデンはにこやかな笑顔を向けた。
「そう、またきっと会うだろうからね。」
言い終えて被っていた帽子を取り、胸に手を当て深々と頭を下げた。
頭を上げると、どこに隠し持っていたのか白いカラーの花を一輪シギルへと差し出した。
「花言葉は、“乙女のしとやかさ”。君の今日の服の色にピッタリだ、シギル」
受け取り小さく礼を言った。
「彼はきっと、君の事を大切に大切に思っているだろうね」
ゆったりと踵を返しその場から立ち去って行った。
代わってイグニスがこちらへと向かってくるのが見え、途中アーデンとすれ違いお互いに顔だけを掲げ会釈をしていた。
「シギル、ニフルハイムの宰相...と話していたのか?」
イグニスは少し心配の色を浮かべた顔つきだった。
「話していたというか...ドリンクとお花を貰ったの」
「そうか...中へそろそろ入ろう。ウィンクルム御夫妻もお待ちだ」
夏を感じる期間は短い。
秋を感じる夜風が肌を撫でて行った。