年下の彼女にグイグイこられて我慢してる兵長/20230129







 執務室の並ぶ廊下に差し掛かったところで、ちょうど兵士長室の扉が開いた。なかから現れた上官の姿に、青年は緊張感を漂わせる。報告書を届けてくれと先輩に頼まれてやって来たはいいけれど、リヴァイと関わったことなどまったくない。ただ書類を渡せばいいだけだとわかっていても、手に汗を握った。

「あの、……ひいっ!」

 いざ呼びかけようとしたものの、喉が情けなく震えて言い淀む。鍵穴に鍵を差したリヴァイが、舌打ちして扉を蹴ったせいだった。それも思いっきり。驚きのあまり手放してしまった書類は、青年の足もとにバサバサと落ちていく。
 鋭い眼光がゆらりと流れた。どうやら苛立っているらしいリヴァイと目が合ってしまえば、袋小路に追い込まれた獲物のような心地になる。恐ろしさで、胃がねじ切れるようだった。

「……アワ」

 無意味な声をこぼしていると、リヴァイが静かに目線を下げる。自身の、空っぽの両手に気づいた青年はすかさずしゃがみこみ、急いで紙をかき集めた。カツ、カツ。靴音がゆっくり近く。規則正しく迫ってくるその音は、なんだかまるで、死刑宣告のカウントダウンみたいに聞こえた。

「お前」

 怒られる!!
 思い、無意識に敬礼を掲げたのだけど。青年の予想に反して上官は、「楽にしろ」とだけ言った。さらに片膝をついてともに書類を拾いはじめるので、青年もおとなしく再開するほかない。

「ああ……昨日の報告書ヤツか」
「は、はひ……。兵長にお届けしろと……」
「なあ」
「はいっ!!」
「……なんで鍵っつうのはみんな棒状なんだろうな」
「は、はい?」

 唐突だった。いたたまれなさに苛まれていたところにワケのわからない問いかけをされ、その脈絡のなさに、つい頓狂な顔を向ける。しかしリヴァイは平然と書類をまとめている。ナゾナゾか? 兵長なりのおふざけか? つっこむべきか? むしろなにかの合言葉か? もしかして俺は試されてるのか? 青年の脳内でぐるぐると思考が巡った。

「棒じゃなくてもいい。違ぇ形のモンがあってもいいと……お前もそう、思うよな」
「はあ……」

 そういえば、先程扉を蹴り上げていたのも施錠した直後だったような。リヴァイの苛立ちの原因は、鍵にあるのだろうか。

「い。板みたいな形でも、よいですね……」

 火に油は注ぎたくない。下手なことを口走らないよう注意しながら、探り探りに返事をしてみると。

「板か。悪くない」

 リヴァイはしかめっ面を和らげた。ベストな解答だったのかもしれない。
 途端、青年の目がきらきらと輝きだす。いま話している相手は、あの、人類最強と名高い兵士だ。恐れてはいたけれど、同時に憧れてもいた上官。常に峻厳さを保ち、なににおいても清い男。そんな相手と対等に会話ができている。となれば、状況に酔い痴れないわけがなく。

「折れたの、先端のようなプレート型なんてどうです?! 平べったければ持ち歩きやすいですし!! ただし鍵穴も平たくしなくちゃいけませんが」
「だめだ」
「え」

 唾を飛ばす勢いで喋っていた青年は、口を止めた。

「……穴にブチ込むんじゃ、結局同じだろうが……」

 真正面からはため息がひとつ。リヴァイはやけに沈痛な面持ちをしていた。

「ほかに用は」

 たずねられたので首を振ると、彼はいまだしゃがみっぱなしの青年に構わず立ち上がり、踵を返した。今度は扉を開けるために蹴りを入れるんじゃないだろうか、鍵を使いたくなくて。そう危惧して見つめていたが、リヴァイは苛立ちの片鱗さえあらわにしないまま、むしろヨボヨボと執務室へ消えていった。
 ぽかんとしていた青年も、しばらくののちにようやく立ち上がる。

「……なにが結局同じなんだ」

 いまになって湧き出た疑問。返ってくる返事は、当然なかった。







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