年下の彼女にグイグイこられて我慢してる兵長/20241113
夜更けにノックが響いた。扉を開けに行き、片脚が通せる程度の隙間を作ると顔を覗かせたのは予想どおりの人物だった。早く入れて、と言わんばかりのまっすぐなまなざしがちらりと見える。湯を浴びたのだろう、手持ちの燭台に照らされた彼女の毛先が、まだ少し、湿っている。
「戻れ」
「えっ……」
今朝、夜になったらまた訪れると宣言していった十九歳は、当然なかへ入れてもらえると思っているらしい、驚きで目をまんまるにした。リヴァイはあえて長めにため息をついてみせる。
「こんな時間に、訳もなく男の部屋へ来るな」
「訳ならあります!かわいい下着を」
「待て」
「はい……?」
「……戻れ」
可愛い下着だかなんだか知らないが、確認してやるつもりは毛頭ない。黙ってろとつっぱねる代わりに引き返すことを命じると、彼女、ナマエはムスッとした表情でうつむいた。毛先で丸くなっていた水滴が、音もなく落ちる。
リヴァイは扉の木枠に腕をかけ、身体の重心を傾けた。だらりと立つそのさまは、めんどくさいと言外に匂わせているふうでもある。
「……じゃだめ、ですか」
「あ?」
「お、お話。してから戻るんじゃ、だめですか、」
「バカ、お前……」
だめに決まっている。か細い声でつぶやき、なおもうつむきがちなナマエはまつげを震わせているし。好きだから来た、会いたいから来た。抱いてほしくてここまで来た。全身でひしひしと、そう訴えているし。
こんなに無防備で大丈夫なんだろうか。リヴァイは心配になった。自分のことを好いている女、それもつきあってさえいる女が夜中に部屋を訪ねてきたら、ほとんどの男は招き入れるだろう。彼女はいままさに、据え膳というわけだ。
「……入れ」
灸を据えてやるつもりで扉を開けた。ギィ、とやけに耳障りな音が廊下中に跳ね返る。
許可の声色が思いのほか冷たくなってしまったせいか、彼女はわずかに肩をすくめて入室した。そのまま執務室の隣、私室へと進む。
リヴァイはお互いが完全に奥まで踏み入ったのを確認してから施錠し、しっくりくる居所を見つけられず立ち尽くすナマエの背に近寄った。
「あ、」
背後から燭台を取りあげる。遠慮がちに聞こえた声は、明らかにうろたえている。リヴァイは火を吹き消した。溶けたロウのにおいが湿気に充ちた雰囲気へ拍車をかけると、ナマエが緊張をにじませた。
「……湯上りにそのまま来たのか」
「っ、」
うなじをなぞるみたいにして、自身の指先へやわい髪を絡ませる。そっと持ち上げて鼻に寄せれば、現れた寝間着の襟首が濡れてしまっている。月明かりに火照る、首すじも。
こいつのにおいだ、と。立ちのぼる香りに思う。いつのまにかナマエのくゆらせるものを覚えてしまったらしい。意識的に記憶するより早く、リヴァイの身体が無意識に。
「い、急ぎたくて」
「……」
「すぐ、兵長に、会いたくて……」
リヴァイはぎゅっと奥歯を噛みしめた。眉間にしわが寄る。苛立ちにも似た衝動。ナマエの、洗いたての香りを吸いこむ。
目の前の背を押した。あげる声もないほど一瞬で、ナマエは真っ逆さまにベッドへと落ちていく。汚されるためにあるような白いシーツの上、溺れてしまいそうにやわらかなマットレスの上で、リヴァイに組み敷かれる。
両手をひとまとめにされてようやく、かすかな焦りが真下の瞳にはりついた。
「あの……へいちょ、」
下唇をめくるようになぞり、親指をなかにまで入れる。
「ん?」
続きをうながすものの返事はない。ナマエはただ、口内をいじられるだけ。
「……どんな気分だ」
数時間前、隣室で。兵士長室のソファで抱きついて離れなかったナマエは、心の準備をしてくると言った。とっておきの可愛い下着をつけてくる。リヴァイに見てほしくて買ったのだから、と。そんな約束事をたて、言葉どおりのこのこ現れ、ベッドへ押し倒される気分は果たしてどんなものか。
きっと慣れてしまったに違いない。何度もリヴァイと優しく眠る夜を過ごし、無事にあたたかな朝を迎え続けて。自分が非力な女であるということを忘れてしまった。リヴァイが、欲望をもつひとりの男なのだということを。
「……、」
ナマエがふるふるとかぶりをふった。リヴァイは親指を抜き、頭をおろしていく。そうして耳もとへ口を寄せて。
「それじゃあわかんねえな……」
体内で響く心音よりもささやかなボリュームで囁けば、言葉は夜闇にかき消されるようだった。目が慣れはじめたおかげか、月明かりがさしているおかげがこわばる顔がよく見えて、ナマエを真上から見下ろした。さっきまで口内をいじっていたために濡れたままの指先で、赤く染まった耳に触れる。びくりと全身を揺らせた女は「や、」と身をよじった。
「……嫌ならもっと、本気で抵抗しろ」
どこらへんでやめてやるか、そろそろか、と考える。ヘタクソな呼吸でリヴァイを見上げる瞳はいまにも泣きだしそうに、うすい膜を張っている。
「このままじゃお前……本当に俺に、やられちまうぞ」
紅潮した頬にとうとう涙が伝い、ぬぐってやれば、それは自身の欲求と同じ温度をもっていた。熱い。火さえ灯していない、部屋なのに。
「い、です」
ナマエがなにかを口走る。
「なんだ」
「兵長、に、だったら。……なに、されてもいい、です」
おもわず、舌打ちをこぼした。羞恥に耐え、まぶたを伏せる女の仕草に誘われて。可愛く思ってしまって。
すぅぅ、とひときわ長い息を吸うと、リヴァイはベッドを降りた。
「兵長?」
「そこにいろ」
ひとこと言い残して執務室に向かう。そして乱暴にデスクへ腰をおろし、指を組み、ひたいを伏せた。
「クソ……」
オトコの身体は正直だ。簡単に反応してしまう。落ち着くためにとりあえず、性に直結しないような事柄をひたすら脳内に浮かべていく。厠でヌく、という選択肢もあったけれど、さすがに気が引けた。
そうして刻一刻と時は過ぎ、やっとの思いで私室に戻ったとたん。なんて言い連ねて奴を自室へ帰すか、と考えあぐねていた時間を、嘆きたくなった。
「……お前、緊張感どこに捨ててきやがった」
さっきまでオンナの顔をしていたはずのナマエがもう、スヤスヤむにゃむにゃと眠りについていたからだ。
でもまあ、これで構わない。脱力し、リヴァイはベッドへ腰掛ける。
「んへへ……へいちょぉ〜……」
「ああ?起きてんじゃねえか」
「……」
ばっちり寝言だった。まともに返答した自分がどうにもまぬけで、仕方なかった。
「にしても毎度、アホくせえな……てめえの寝顔は」
ナマエの頬を撫でてやる。はだけた寝巻きを直し、上掛けをかけてやる。どんな下着を身につけているのか、というのは純粋に気になったが、確かめることはしない。せっかく選んできた彼女の気持ちを無下にするようで、申し訳なさは、あるけれど。
髪を、頭をそっと撫でた。ふふ、とくすぐったそうに反応して笑う女は、あどけなかった。
「……もう少し、待ってろ」
お前を大事にしたいんだ。ゆっくり、可愛がってやりたい。リヴァイがそう思っていることなど、こいつが欲しい、俺のモンにしてやりたい、という本能的な欲と幾たびも闘ってきたことなど、夜の真ん中で眠るナマエはいま、夢にも知らずにいるのだろう。