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彼とセックスをすると、いつもこの世のすべてを手に入れられたような気がしたし、なにかを少しずつ失っていく気もしていた。
今回こそはもしかして、と甘い展開を期待するのはやめたはずなのに、ホテルを出て私だけが乗るタクシーを止めてから、一度も振り返ることなく去っていくリヴァイ課長の後ろ姿に毎回傷ついた。
もうこんな関係抜け出してやる。もうプライベートでは会わない。何度もそう思うのに、嗅ぎ慣れないボディソープの匂いさえ大事なものみたいに感じながら、家に帰る最中も私は彼に会いたいとばかり考えている。
帰宅してベッドに寝転び、連絡先の一覧を開いた。ひとつの名前をタップする。番号を睨み、しばらく悩んだものの、結局メッセージアプリを起動した。番号に発信する勇気が出ない。声を聴いて、罵倒できる自信がなかった。
今日だって本当は、全部終わらせようと思って会ったはずだった。それでもあの声で「来いよ」と言われると、私は彼の手を取ってしまう。そうすることが当然だと躾けられているみたいに。
ひとでなし、クズ男、大嫌い。課長とは二度と会いません。嘘と虚勢を打ち込んで、眺めて、全部消す。このまま送信したらどうなるか、そんなのは明白だ。既読マークがつく。すぐに「わかった」とひとこと届く。そして関係が終わる。身体だけの関係が。
この一年間抱え続けた苦しみを終わらせるためのひとつひとつを順に並べれば、とても簡単なことだった。離れていく私をリヴァイ課長が引き留める可能性は限りなく低い。
会えないと私が返すと、課長は決まって別の女を誘う。なにも私が特別なわけではない、自分でも、痛いくらいに理解している。
だから、さよならと言ったら。一年前のはじまりよりもあっけなくてシンプルで、取るに足らない別れが訪れるのだろう。
「リヴァイ、アッカーマン」
ディスプレイ上の文字をなぞる。名前を呼ぶだけで、胸が詰まる。
好き、だと。
一回きりでもいい、言ってみたい。
なんてぼんやり考えたものの、ああ、そうしてもやっぱり関係が終わるんだ、と気づいて悲しくなった。今日も私はなにも変えられない。なにも、終わらせられないまま。
出逢ってから、恋心を自覚するまで。自覚してから、身体の関係になるまで。気持ちを知られているとわかってから、応えてはもらえないとわかるまで。
最初から最後まで、私だけが、救いようもないほどに溺れている。