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気がついたのは偶然だった。普段あまりテレビを観ない。歌番組に、ナマエが好きだと言っていた歌手が出ていることに、たまたまテレビをつけて気がついた。
帰宅直後。ワイシャツ姿のままではあるが、とりあえずネクタイを緩めてソファに腰を下ろす。冷蔵庫から取り出した缶ビールを開ける間も、意識は番組に向いていた。
ファンなら情報を追ってるだろう、が、万が一ということもある。テレビをつけろと伝えるために、開けたばかりの缶を置いた。スマホに手を伸ばす。
ナマエの、プライベートの番号に発信した。鳴り響く呼出音はいつまで経っても途切れない。留守電に繋がる前に切断する。
今日は金曜だ。応答がないからといって特段気にはならない。誰にだって予定ってモンがある。ただ、新曲を初披露、というMCの言葉だけが頭に残っていた。
視界の端が点滅する。同時にスマホが鳴った。確かめるとメッセージアプリの通知。ナマエだろうと思ったが、別の女だった。ひさしぶりに寄越してきた連絡は「今晩会いたい」からはじまり、やっぱり忘れられない、遊びでいい、と続く。この女とは散々話し合ったはずだ、もう会わないと決めた。こいつも納得したんじゃなかったか。してたよな。
「……めんどくせえ」
酷さか、優しさ。最後にどちらを見せればよりカンタンに終わることができるかは、その女による。こいつは後者だ。キチンとした返事を返し、数回やりとりしたあとブロックする。こうして、まわりから女が消えていく。ひとつずつ断ち切っていく。
華の金曜だかなんだかに直帰してひとりで酒を飲むなんざ、ちょっと前じゃ考えられなかったことだ。やる相手を絞る、っつうのも。ナマエ以外の奴と会うのがここまで億劫になるとは。とんだ大誤算だ。
しばらくしてもう一度通知音が鳴った。テレビのなかでは例の歌手が、マイクを握ろうとしている。連絡は今度こそナマエからで、「今晩は会えない」という内容だった。出先らしい。
とつぜん無性に腹が立ち、舌打ちする。誰も、やらせろとは言ってねえ。俺はホテルのピンを送ったか? どこかに来いと言ったか。たしかに、他愛もない話をしようと電話をかけたことはいままでにはなかったが、
やめだ。アホくせえ。
一年前。ナマエと寝たのも、偶然だと言える。適当な女が欲しいと考えた夜、隣にいたのがたまたまナマエだっただけだ。
出逢いたて、入社当初は鈍臭ぇ女だと思っていた。俺が面倒を見なきゃなんねえのか、と溜息すらつきたくなるほどだった。が、ナマエはなかなかに育て甲斐があった。厳しく指導しても音を上げない、飲み込みが早く結果も出す、なにより空気が読めて辛抱強い。そこそこふたりでも話したし、飯にも連れて行った。
そのうち……ナマエが俺に向けだしたもんに関しては、すぐに勘づいた。都合がいい、と。男としての本能的な部分で、思わないわけがねえ。
嫌なら帰っていい。どうするか、お前が選べ
そう言った。去年のいまごろ、初めてふたりっきりで飲んだ夜。ナマエの気持ちをわかっていながら、知らないふりをしたまま。想いに応えてやる気は当然なかった。
部下には手を出さない、そんな考えを払ったのも、相手がナマエだったからにほかならない。空気が読める、辛抱強い、飲み込みも早く、自身に割り振られた役割をきっちりこなす。……ちょうどいいじゃねえか。ヒステリックに泣き喚く女には、ほとほと疲れきっていたところだ。
あの夜から一年。俺らの関係性に、いまも名前はついていない。
テレビからありきたりな恋愛ソングが聴こえてくる。好き、だと。歌のなかで、何度も言っている。
わけもなく、ナマエの声が聞きたいと思った。
「……」
テレビを消す。メッセージに返信する気にはならない、アプリも閉じて、スマホをソファの隅に放った。
ナマエとなんでもねえような話をするためには、まず、お友達とやらになる必要があるのかもしれない。と、自分で思っておきながらもバカバカしくて、ひとつの笑いさえ出なかった。