09

 裏社会に生きる者にとって、武器は命の次に大切なものだ。それは自分でもよくわかっている。しかしこれだけの量を目の当たりにすると銃砲刀剣類所持等取締法とは一体なんなのだと目眩がする。よくもまあこれだけの量をこの日本に持ち込めたものだと敬服の念すら抱く。もう少し取り締まりをしっかりさせねば――。そんな俺の胸中は知らず、麗しのドールフェイスは回収の指示を出す。納めるところはあの要塞屋敷ではなく警察だ――彼女に期待するのがお門違い。薬でも探しているのか、手下の黒服たちは銃の収まっている箱をひっくり返している。


「任務よ、10分後に」


そんなお決まりの台詞と共に駆り出され辿り着いたのは海岸沿いの工場倉庫だった。話を聞けば公安でも追っていた武器密輸組織。最近何かと目立った行動をとり組織に獲物とされてしまった憐れな羊たちだ。摘発まであと一歩というところで横取りされてしまった苛立ちはポーカーフェイスの下で暴れている。この大量の銃火器は組織の手に入り、武力か財力になってしまう。こうした状況に立たされる度に、自分の無力さを再認識させられる。


「Pimm’s.」
「How did it go?(どうだった?)」


影のようにピムスに近付き耳打ちしたクライヴの声が耳に届いた。首を横に振る様子に別件もあったことを理解する。彼女たちは何も告げずに倉庫の奥へと足を進めて行く。すかさず駆け寄り「どうかしましたか」と声をかけると一瞬だけ視線を向けたピムスは「野暮用」と返答した。はっきりとした否定が飛んでこないということは、付いてきても良いという合図だ。大人しく彼女のあとに着いて行くことにした。





 三つほど区画を進むとその先に人の気配を感じた。殺気は感じられない。扉に背を預けクライヴと二人で中の様子を伺うと、身を捩るように動く――ざっと十人弱の女の姿。「…これは?」「…人身売買にも手を出していたのよ」あっけらかんと返された。人身売買?そんな情報はなかったが――そこで不意に風見から上がってきた報告書の一部を思い出した。エンフォードの会社から毎月莫大な金額が流れている先がある。各国にある孤児院だった。隠れ蓑として使われているのだろうと思っていたが。しかし思考は途中で遮られた。ピムスのGOサインを確認しクライヴと共に中へと入っていく。薄暗い灯りの中、女たちは怯え肩を震わせた。


「あ――」


安心してください、そう云おうとした口が止まった。ピムスは彼女たちをどうするつもりなのだろうか。この震え涙を流す彼女たちも組織に献上するつもりか。ドクリとそれに支配されたように自分の鼓動を聞く。もしも、万が一、そうであれば、自分はピムスを地獄の底まで追って始末しなければならない。それはあまりにも咀嚼できない行為だった。彼女の表情を覗くのに、長い時間を消費した気がした。


「Please don't worry(安心して)」


柔らかなソプラノが倉庫に響く。優しく慈愛に溢れた、まるで天使のような微笑みを携えた彼女が膝をついてそう云った。背中の冷や汗が隙間風に冷やされ、同時に上がった熱を冷ましていく。――何を期待しているんだ、何を妥協しているんだ。何があまりにも咀嚼できない行為、だ。組織に身を委ね、落ちてしまった自分の倫理観を恥じた。彼女のその容姿に、あまりにも毒されてしまった。目の前にいる子供は、犯罪者だ。固唾を飲んだその時、背後でカタリと微かな音がした。瞬時に意識がそちらへと向いたのは、二人も同じだったようだ。立ち上がったピムスもまた懐から銃を取り出す。


「残り物がいたようね」
「A thousand apologies.(申し訳ありません)」


流れ込むように入って来る武装した男たち。ピムスの姿を見て下品な表情が浮かぶ。クライヴはそんな視線から彼女を守るように一歩前にでた。「彼らは?」「用事はないわ」「了解」手早く意思疎通を図ると一瞬にしてそこは銃撃戦となる。商品を傷ものにしたくはないのか、狙い通り捕まっていた女たちに弾が当たる事はない。人数に利がある向こうとは違い、こちらは荷物の影に隠れながら応戦だ。しかしクライヴの腕前も中々のもので、一人また一人と倒れていく。そんな反撃を思っても見なかったのか、奴らの一人が動けない女たちに近付いていくのが見えた。対面の影に隠れたクライヴが目を見開いたのを見て、咄嗟に隣にいたピムスの肩に手を伸ばす。思った通り、飛び出そうとしたようだが、それを事前に阻止することができた。


「危ないだろうッ!」
「離してッ!」


銃撃の中、お互い大声を張り上げ怒鳴り合う。そこにいつもの余裕はなかった。自分が死ぬとは露ほどに思わないが、彼女はどうだかわからない。しかし聞き訳がいいのか、肩を掴んでいた手を振り払い大人しく影に身を隠した。「――ッ!」クライヴの苦痛の声が届き揃って向こう側を確認すれば、肩を撃たれたようだった。しかし命に別状はないらしく、こちらに視線を寄越した。


(Clive…!)
(落ち着いてください。夜目は効きますか?)


彼が撃たれたことで幾分かの落ち着きを取り戻したようだ。提案した作戦を理解したようで、力の篭った瞳で首肯する。男たちが酒焼けしたような声で姿を見せるよう要求する。お互い視線を合わせ、ピムスは立ち上がり両手を上げて物陰から姿を現す。その後ろで、心許ない電球を狙う。彼女が要求通り一歩踏み出したと同時、電球は甲高い悲鳴を上げ砕け散った。次の瞬間、姿勢を低くしながら一斉に飛び出した。暗闇の中、マズルフラッシュが的確に相手の居場所を知らせてくれれば、そこを狙い引き金に力を加えるだけだ。彼女が人質をとった男を制圧し、こちらへと加勢に入る。素早い動きでピムスが相手へ近付き足払いを掛ける。そのまま次の目標へと移り、俺は体勢を崩した男に銃弾を撃ち込んだ。物の数分で静寂を取り戻し一息つくと、懐中電灯で倒れた男たちが照らされる。


「Are you not injured?(お怪我は)」
「All right.(平気よ)」


片腕を抑えながらもピムスの無事を確認したクライヴは次に人質のほうへと灯りを映した。目を瞑り震えながら寄り合う女たちも無事のようだ。着ていたシャツを引き裂くと止血のため腕へと巻いてやる。即座に命に繋がることはないだろうが、大量出血は面倒だ。処置を終えるとそれをじっと見つめていたピムスの視線は外され、インカムで命令を出す。静かに亡骸となった男たちを見つめている彼女の表情を、覗き見ることはできなかった。


180518


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